みなさん!知ってますCAR?

2008年10 月15日 (水曜日)

愛車メンテのプラスアルファ情報

スーパークッション・ドライバーの実力度

Img_0573使用頻度ナンバー1のハンドツールであるドライバーは、グリップの樹脂製と木柄製の2タイプがある。樹脂製がおおむね丈夫、木柄はなごみ感が高いが、酷使すると割れることがある。どちらを選択するかは、好みに左右される。

今回紹介するドライバーは、樹脂製グリップだが、いままで体験したことのないクッション性の高いゲル状のエラストマー(ゴム状の弾力を持つ高分子材料のこと)。握るとなるほど手にやけにフィットしてくれる。手のひらにあわせてグリップ自体が変形し、滑りにくく回しやすい。手が痛くなりづらいので、ドライバーの宿命であるカムアウト(外に逃げる現象)しづらいともいえる。

愛着を抱ける1本になりそうだ。

発売元のベッセル(https://www.vessel.co.jp/)によると「従来品と比べ締め付け力はほぼ同じだが、クッション性は約4倍」という。

写真は品番700というタイプのプラスドライバーとマイナスドライバーだが、このほかに貫通タイプ、スタビタイプなどがあり、バラエティに富んでいる。

カーライフ大助かり知恵袋2

ロボットの技術が介護の世界で花開く!?

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ハリウッド映画の新作「アイアンマン」を見た人は奇想天外なストーリーのなかに近未来のロボット技術を垣間見たはず。アメリカの武器製造企業の社長がアフガニスタンで囚われの身となり、洞窟内でITを駆使した飛行可能なロボットを作成、悪人をやっつける・・という、ある意味たわいもない物語だが、その翌日東京ビッグサイトの「国際福祉機器展」を取材。ホンダの歩行アシスト器具が目に飛び込んできた。

例の、階段をスタスタ登ることができる2足型ロボット・ASIMO(アッシモ)の技術から誕生したもの。正式には「装着型歩行アシスト」というそうだ。バッテリー、モーター、角度センサー、制御CPU(コンピューター)などを組み込んだギブスを身にまとうことで、歩行困難な高齢者の日常生活を改善するのが目的だという。下肢の蹴り力をアシストしたり、振り出しをアシストすることで広い歩幅での歩行をうながすという。ホンダではこの装着型歩行アシストの研究を1999年から始めていたというから研究歴10年近い。

この装着型歩行アシストは、いまのところ参考出品だが、近い将来には≪年寄りと乳母車(おんばぐるま)の世界≫は過去のものとなるようだ。

カーライフ大助かり知恵袋1

旧きをたずねて新しきを知る! ダットサンのルーツ 最終回

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のち日本産業の総帥となる鮎川義介は、橋本増治郎と同様若き日に2年間にわたりアメリカにわたり、近代産業をつぶさに見たり、鋳物技術を習得してきた。その経験から日本で自動車メーカーを起こす野望を抱いていた。鮎川は、自身の起こした企業「戸畑鋳物」ですでに自動車部品の製造に取り組んでおり、ダット自動車製造にも鋳鋼や可鍛鋳鉄などの自動車部品の供給をおこなっていた。一方、当時久保田を辞したウイリアム・ゴーハム氏は、鮎川と知り合い大正10年に戸畑鋳物に入社、そこで技術者として腕を振るっていて、石油発動機の開発や自動車部品の製造にあたった。

鮎川が大正12年に買収した東亜電機へゴーハムを技術長として送り込み自動車部品の電装パーツ(ディストリビューターやイグニッションコイル)を製品化、さらには不二塗装を自動車の塗装部門として事業化しつつあった。加えて、大正15年には「安来製鋼所」を買収し、特殊鋼の生産と研究に取り組んでもいる。

野心家である鮎川は、まず昭和6年にダット自動車製造に資本参加からはじめ、戸畑鋳物のスタッフを役員として入れる。さらに久保田鉄工の久保田権四郎が、自動車事業にやる気が薄いことを察知するや、ゴーハム氏が構築したトバタ発動機の製造販売権を久保田鉄工に譲渡、代わりに自動車製造権を手に入れ、「戸畑鋳物自動車部」という名称に変更。ここにダット自動車製造の名が消えた。翌昭和7年、東京に販売を主としたダットサン商会が設立されている。鮎川が青写真とした自動車製造のプランが本格的に動き出すのである。

鮎川義介は、戦前に満州重工業開発の初代総裁をし、戦後戦犯の容疑で1年半ほど巣鴨プリズンに拘置された(のち嫌疑が晴れ釈放)。あるいは晩年には次男の選挙違反容疑で参議院議員を辞職するなど野心家にありがちなグレーゾーンが見え隠れする。そのせいか、日産の歴史のなかで正当に評価されない傾向にあるのはとても残念である。

TOP NEWS

クルマ部品の互換性から見たリサイクル

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ガソリンの値段がひところに比べやや沈静化したものの、経済の閉塞感からクルマの売れ行きが思わしくない。そんななかで一人軽自動車だけがかなり元気。なかでもスペース系といわれるワゴンRやムーブなどが好調。三菱のトッポ(写真)がよみがえった。

トッポはもともとミニカトッポからはじまりトッポBJ(ビッグジョイという意味)と進化し、3代目が今回のトッポなのだが、実はトッポBJは、三菱の一連のリコール問題などで4年前に販売中止。まるまる4年間空白だったのだ。

よみがえったトッポは、軽乗用車クラス最大の室内高1430ミリを持つ。小学5年生の男子児童がらくらく車内で直立できるのである。背の高いクルマは操安性が不利となりがちだが、トッポの場合、スプリングのバネレートを高めている。試乗すると不安のない領域だと確認できた。

トッポで注目なのは、先代のトッポBJや姉妹車eKワゴンの部品を積極果敢に流用している点だ。具体的にはプラットフォーム自体はeKワゴンと共通で、エンジン、トランスミッション、それにエンジンフードがeKワゴンと互換性あり。リアゲート、リアクオーターパネル、ルーフはトッポBJと共通。オリジナルなのは、フロントフェンダーと前後のバンパーぐらい。

外板部品の大半は他車からの流用がきくため、長く乗る人にはリサイクルパーツが探しやすく、そのぶん節約にもつながる。

あまり互換性率を高めると技術の進化が緩くなるし、だからといってその都度オリジナルにこだわると地球環境にマイナスになる。互換性とリサイクル性の相関関係を考えるうえでとてもいいクルマなのである。

2008年10 月 1日 (水曜日)

愛車メンテのプラスアルファ情報

ラチェットドライバーのワイドバリエーション

Img_0535  締める/緩めるの両方向で、早回しができるラチェットドライバーは一度使うと手放せない工具のひとつ。ちなみにラチェットドライバーのなかにも安っぽいタイプと高級タイプがある。チープタイプは論外だが、高級タイプは使える。
 その高級タイプのKTCラチェットドライバーに仲間が増えた。
 使用頻度の高いプラスビット、マイナスビットはもちろん、ヘックスビット、トルクスビット、いじり止めトルクスビット、1/4インチ角のソケットが使えるタイプなどがある。これ一本で、かなりの作業が楽にできるわけで、たとえばバイクのツーリングにこれを荷物に忍ばせておくと安心だ。ビット類はグリップエンド部に収納できるのでスマートだ。
 スナップオンの同タイプと比べるとギア数が48に対しKTCは25と少ないためフィーリングに見劣りがするものの、重厚感があるし、愛着を抱くことができるハンドツールといえる。
 写真:奥はスナップオン

次回は2008年10月15日掲載予定です。どうぞお楽しみに!

カーライフ大助かり知恵袋2

渦巻き縫製のエアバックで乗員の衝撃力を低減!

2  このほどホンダは、連続容量可変タイプの新型エアバッグを開発し、11月デビューの新型ライフに採用するという。通常のエアバッグは、衝撃を感知すると0.03秒で目いっぱい膨らみ、その後しぼむ・・・というかたちだった。
 ≪連続容量可変タイプ≫の新型エアバッグというのは、エアバッグの縫製糸に工夫を凝らし、徐々に糸が切れることで、エアバッグの大きさが段階的に増加し、展開時のエアバッグの飛び出し量を少なくし、かつガス発生装置の出力を押さえることで、従来あった乗員への衝撃をやわらげるというもの。
 このエアバックは、内圧を一定に保ち、保護性能をより長く持続し、しかも素早く内圧を高め、乗員の保護性能を向上させているという。ホンダは1971年からエアバッグの研究に着手し、1987年国産車で初の運転席用SRSエアバッグシステムを商品化したメーカー。さらに1998年には世界初の2段階式インフレーターなどを開発。ちなみに、これまで約7000個以上のエアバッグを試作し、研究所にはエアバッグを縫製する工業用ミシンが多数並んでいるというのだ。

カーライフ大助かり知恵袋1

旧きをたずねて新しきを知る!ダットサンのルーツ その12

Img_0203_2  その後のダットサンの生産は、ウイリアム・ゴーハム氏の愛弟子にあたる後藤敬義設計主任が担当することになる。後藤敬義たちは、1930年(昭和5年)ごろからリラー号のシャシーをベースに、エンジンはダット号の部品を生かし、水冷直列4気筒、750CC,4人乗りの小型乗用車の試作にチャレンジ。当時は、馬力が3馬力以内(排気量350CCに相当)で乗員一人、無積載時の最高速度16マイル(約時速26キロ)、積載量60貫(約225㎏)、全長8尺、全幅3尺以内などの条件を満たせば無免許で車庫不要でしかも税金も優遇という、一昔前の軽自動車をホーフツさせるレギュレーション。
 いわば内務省から出された戦前の国民車構想のようなもの。この優遇処置をキッカケにさまざまな自動車メーカーが自動車業界に参入。3輪車、4輪車メーカー合わせて30以上の企業があったといい、そのなかに東洋工業(現マツダ)、オオタ号で名をなす太田自動車などが含まれていた。
 ところが、この戦前の国民車構想は、近々排気量が500ccに急遽変更(2ストロークは300㏄以下)された。車体寸法も全長2.8メートル以下、全幅1.2メートル以下というかたちに変更。輸入車がだんぜん有利な状況を打開する手段として、後藤たちは、このレギュレーションにターゲットをあて、しかも価格を1000円以内と輸入車の半値近くの魅力あるクルマにするべく企画、試作車造りに励んだ。水冷の4気筒4サイクルエンジンを載せた当時としては輸入車と十分勝負できる自信作だった。
 この試作車は、さっそく耐久試験に持ち込んだ。第1回目で登場したダット91型である。昭和5年から6年にかけて、大阪~名古屋~焼津~東京・・・往復1万マイルの無停車運転テストを33日間かけておこなわれ、高い性能を実証している。さらに、各部を改良した試作車をダットソンという名称にしている。軍用保護自動車として当時知名度の高かった「ダット号の息子」という意味で命名された。
ところが、こうした後藤たちによる技術の進化とは裏腹にダット自動車製造は累積する赤字に苦しんだ。親会社の久保田鉄工所にとっては、自動車メーカーを身内に取り込んだことが大変な重荷だったのだ。

TOP NEWS

パジェロは新世代ディーゼルで復活なるか?

Img_0339 10月1日デビューするパジェロディーゼルに一足先に試乗した。
 1800バールの高圧噴射システムコモンレール(デンソー製)に酸化触媒、DPF(ディーゼル・パテュキュラー・フィルター)、NOXとラップ触媒の3つの後処理装置で、新長期規制をクリア。ディーゼル嫌いの石原都知事に文句を言わせない排ガス性能だ。
 ディーゼル乗用車は、かつて≪うるさい・臭い・のろい≫と悪態をつかれていた存在だったが、新世代のディーゼルはすでに欧州では半数以上を占めることからわかるように大人気。テールパイプに鼻を突き出しても臭わないし、振動もガソリンとほぼ同じ。それで燃料代がガソリン車の7掛け前後。
 走ってみるとたしかに前世代のパジェロディーゼルとは隔世の感がある。後席にいるぶんにはまったくディーゼル車とは気づかないほど。運転席にいると、加速時の燃焼音が≪これはやっぱりディーゼル車だ!≫と気づくくらい。ガソリン車の場合籠もり音として聞こえる音がディーゼルでは高周波音となるので、つらいところだ。 パジェロディーゼルは3.2リッターの直列4気筒エンジンで、IHI製のVG(バリアブル・ジオメトリー)ターボで動力性能は文句ない。ロングボディ3グレードのみディーゼル仕様で、価格は346万5000円台から。


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