みなさん!知ってますCAR?

2010年1 月15日 (金曜日)

TOP NEWS

燃費が3.5%向上するエコタイヤとは何ぞや?

IMG_7501     世に言う「エコタイヤ」とは空気圧を高めにして、転がり抵抗をノーマルタイヤより若干よくしてある、いわゆる≪おためごかしのタイヤのこと≫とひそかに考えていたが、それがとんでもない思い違いをしていたことが、ある体験で判明した。
    先日、BS(ブリヂストン)の発表会見&試乗会にお台場まで出かけた。
    「従来タイヤより転がり抵抗が25%低減し、ウエットでのブレーキ性能が14%向上したエコピアEX10なるエコタイヤ」のイベントである。シリカ(ケイ素)の配分を整理整頓しタイヤ回転時に発生するエネルギーロスを抑制することで、劇的に転がり抵抗の低減ができたという。しかも従来技術では転がり抵抗を小さくするとウエット性能がダウンする、俗に言うトレードオフの関係があった。だが、それをナノプロテックなる技術で克服したという。加えて、トレッドショルダー部の無駄な変形を抑制することで偏摩耗を少なくし、タイヤ自体のロングライフ化も図っている。実はことほど左様にタイヤの技術を言葉で表現すればするほど空しくなる・・・。
    従来タイヤを履いた3輪自転車とエコピアEX10を履いた3輪自転車(もちろんサイズは同じ!)で路面の抵抗を体験してみた。従来タイヤ付きの3輪車は漕ぎ出すときエイッとばかり足に力を入れないといけなかったが、エコピアEX10を履いた3輪車は文字通りスイ~ッと進んだのだ。たとえてみればハイブリッド自転車と普通の自転車の漕ぎ出すときの差異に似ている!?
    ちなみに、タイヤは、ライフサイクルを見ると使用段階でのCO2発生量が87%と圧倒的に多い製品。転がり抵抗25%減ということは、燃費で言うと3.5%もの向上率にあたる。つまりそのぶんCO2の低減に結びつくという理屈だ。しかも気になるこのエコタイヤの価格、通常タイヤとほぼ同じか若干お安いという。近い将来、日本のタイヤはエコタイヤが多数派になると見た。

カーライフ大助かり知恵袋1

旧きをたずねて新しきを知る! タイヤBSのルーツは足袋だった・石橋正二郎物語 第4回

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「アサヒ足袋」の製造販売の拡大もつかの間、1914年7月、第1次世界大戦が勃発したことから経済不況に陥った。製品在庫が約100万足、従業員も1000名を超え、生産も1919年度の406万足を頂点に1920年度には300万足と激減。このままでは未曾有の危機が訪れるのは必至。

この苦境を乗り切るために新分野に進出する決意。目をつけたのが、≪ゴム底の足袋(たび)≫。当時の日本の屋外での作業労働者の多くの履物は、わらじだった。わらじは江戸時代以前から続く履物。足に十分力が入らないため作業能率を妨げ、釘やガラスの破片を踏み抜くこともあることから、安全性は高くない。しかも素材が藁(わら)だから耐久性がない。1日1足は履き潰す代物。当時の農家では夜なべして自家生産していたが、買えば5銭はした。そのうえ足袋も必要となるので、月に合わせて1円50銭、年間にして18円の「履物代」の出費が強いられた。

当時の屋外労働者の日給は約1円だったので、わらじ代は大きな負担だった。わらじよりもはるかに耐久性に富むゴム底足袋に対する潜在的な需要があった。ところが、そのゴム底足袋は、1902年ごろから阪神や岡山などで生産されていたが、ゴム底縫い付けの技術は不完全だった。縫い糸が切れやすく耐久性がまるでないという欠点を克服できなかったのだ。

ゴム底足袋の製造に着手したのが1921年。当初、岡山や広島のゴム会社から縫い付け式のゴム底足袋を買い入れ加工したが、採算上不利で製品も満足なものではなかった。ゴム底の自給を図る決意をし、社員にゴム精錬技術を習得させた。1922年初めには12インチゴム練りロール機と加硫罐を購入し、小規模ながらゴム底からの一貫生産に入った。だが、依然として縫い糸が切れやすく耐久性に課題を残した。底の離れないゴム底製造方法を開発することが緊急課題となった。

答えは意外なところにあった。1922年初頭、たまたま徳次郎社長が上京し、三越百貨店でアメリカ製のテニス靴を買ってきた。このテニス靴にヒントを得て、これまでのゴム底縫い付け方式から張り合わせ方式に転換することで、課題を解決しようと考えたのだ。そのためにはゴム専門の技術者の力が必要。そこで正二郎は大阪工業試験所のゴム主任技術者や大阪のゴム専門会社に勤める技術者などを雇い入れ、工場の隅に専門の研究工房を急ごしらえし、極秘裏に研究に取り組んだ。短期間で試作品を作るというのが正二郎たちの要望だった。社長と共の専務の正二郎は,毎日研究工房で数時間を過ごし,スタッフを激励するとともにともに,研究にも加わり,1日も早く試作品完成に尽力。こうして、8月12日、ゴム糊をゴム底粘着に利用した堅牢なゴム底足袋の試作に成功したのである。さっそく、試作品を大牟田の炭鉱に持ち込み、実地試験して評判は上々。製品化の見通しがつき、その年の末には量産化。翌1923年1月に販売をスタートさせている。同年10月には張り合わせ方式のゴム底足袋に関する実用新案登録も取得した。

カーライフ大助かり知恵袋2

第3世代のランフラットタイヤは乗り心地が向上

IMG_7490   車両の軽量化と小型化が世界的な規模で加速している自動車業界。

従来当たり前のように積んでいたスペアタイヤは、いつの間にか、補修キットを積むようになり、さらにランフラットタイヤと呼ばれる≪パンクしても走行できるタイヤ≫に近い将来移行する模様。

すでに、アメリカではその動きが始まっている。

現に、トヨタの北米仕様のミニバン「シエナ」に採用されているのは、ブリヂストンの第3世代のランフラットタイヤ「TURANZA EL400RFT」(タイヤサイズはP235/55RF18 99T)。世界初の採用だという。このランフラットタイヤの新門は、熱をコントロールする技術としてタイヤサイド部を冷却するクーリングフィンと発熱を抑制する新サイド補強ゴムを採用したことだという。そのおかげで、たとえパンクした状態で走行しても乗り心地が最小限に抑えられることだ。

この完成度の増した第3世代のランフラットタイヤ、日本仕様車にも遠からず取り入れられる時代が来るだろう。

愛車メンテのプラスアルファ情報

3/8ラチェットハンドル・ワンハンドタイプ

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とくに「工具フェチ」を自認しているわけではないが、いつの間にか100本近くの3/8インチのラチェットハンドルが手元に横たわって(!?)いる今日この頃。

そのなかの1本を今回は紹介しよう。ライト感覚のラチェットレンチとひそかに呼んでいるもののひとつだ。

台湾製のSTAIGHT「3/8ラチェットレンチ・ワンハンドタイプ」である。手に持った感覚がライトであるのと、片手で左右に切り替えができるところからライトなフィーリングを醸し出す。試しにふだん料理に使う家庭用の秤(はかり)で重量を測定したところ218グラム。3/8のラチェットハンドルのなかでは軽い部類。片手で左右に切り替えができる理由は、切り替え装置がグリップ部のヘッド寄りに備わっているからだ。ヘッドからグリップにかけて長めの裏ブタが2本のトルクスネジ(T8)で取り付けられているので、これを取り外すと写真のような仕掛けが顔を見せた。長いリンケージでパウエルと呼ばれるギア部を動かす仕組みなのである。ギアの数は59ギアで、わりと小回りが利く。

価格が驚くなかれ2000円。凝ったつくりに愛着がわく一品である。

2010年1 月 1日 (金曜日)

TOP NEWS

アルトが7代目。30年目のフルモデルチェンジ

IMG_7471  スズキ・アルトの7代目がこのほどデビューした。
 アルトといえば、30年前「全国統一価格47万円」で一世を風靡して以来、運転のしやすさ、使い勝手のよさ、経済性の高さを受け継ぎ、軽自動車市場で確固とした地位を築いている。
軽自動車はいまや新車販売の3割を占めるものの、ここ半年レベルで見ると売り上げが伸びていないのが実情。昨年のリーマンショック以来の不況対策として打ち出されている、エコカー減税と補助金。その効果でコンパクトカーなどの新車の売れ行きが伸びるなか、軽自動車の売り上げは頭打ちなのである。むろん、軽自動車にもこうした優遇税制があるものの、普通車などとくらべると薄い。しかも、プリウスはじめハイブリッドカー、コンパクトカーの中には、軽自動車をしのぐ好燃費カーが登場していることも、軽自動車の販売にブレーキをかけている要因になっている。
 新型アルトのウリは、10・15モード24.5㎞/ⅼというクラストップクラスの燃費。だが、これでは正直、贔屓目(ひいきめ)に見ても「燃費のいいクルマ」とはいいがたい。
 物理的にもコスト的にも軽自動車にハイブリッドシステムを積むことができないので、レシプロエンジンのさらなる高効率化とボディの軽量化作戦をさらに推し進めるしかない。いまどきリッター30キロを叩き出せる軽自動車でなければ、魅力を感じないのではないだろうか。生活の足である軽自動車の正念場である。

カーライフ大助かり知恵袋1

旧きをたずねて新しきを知る! タイヤBSのルーツは足袋だった・石橋正二郎物語 第3回

IMG_5353  正二郎が25歳のとき、「志まや」は従来の足袋業界が驚愕する新機軸を打ち出す。
 「20銭均一アサヒ足袋」の発売である。サイズにかかわりなく同一価格。実はこれも正二郎の東京での“体験”からヒントを得たもの。当時の東京の庶民の足だった市電は乗車賃がどこまで乗っても5銭。5銭といっても現代人のわれわれにはピンとこないが、当時のタバコが一箱5銭で、封切りの映画の入場料が15銭、散髪料金が20銭の時代。東京の当時の繁華街である上野や浅草では均一店がたいそう繁盛していたことも正二郎のヒントになった。
 そのころの足袋の値段といえば、品種、文数(もんすう)の大小に応じて小刻みに値段が決められ、製造業者、卸商、小売店のいずれもが値段表と首っ引きでないと商売ができず、複雑かつ面倒さが付きまとっていた。文数というのは、当時の足袋や靴のサイズの単位で、1文銭(いちもんせん)を並べて数えたことからにちなんでいる。10文は24センチのこと。今では、プロレスのいまは亡きジャイアント馬場の得意技である「16文キック」などにわずかに残るだけ。
いずれにしろ正二郎は、均一価格制を取り入れることで取引条件の単純化と合理化を図った。この「20銭均一アサヒ足袋」という価格は、当時の常識からはかなりかけ離れた安値。この均一価格の商品には、これまでの「志まや」という古風なブランド名をつけずに「アサヒ」とカタカナ文字をあてたことも成功の秘密だった。
 「20銭均一アサヒ足袋」は、またたくまに市場に受け入れられた。一般の販売店はもとより九州の炭鉱、製鉄会社、造船所など広い市場で歓迎された。一方、同業者は均一価格では大きな文数の商品は売れても小さなサイズは売れないと判断したり、「均一価格アサヒ足袋」は粗悪品だとする逆キャンペーンをしたが、趨勢は均一価格に傾き、やがて、ライバル会社も次第に均一価格制に切り替えていった。
 こうしたライバル会社のもたつきを横目に、「アサヒ足袋」は独走を続け、業績を伸ばした。工場は拡張に拡張を続け、大量生産によるコスト改善で資産を倍増し、工場新設の資金的余裕も生まれていった。1913年に販売高がわずか60万足だったものが、5年後の1918年には300万足と5倍に延びたのである。ようやくにして、「志まや」は業界の一流会社と肩を並べる基礎がつくられた。足袋専業化を決断してから7年目、正二郎わずか25歳のときだった。

カーライフ大助かり知恵袋2

空力特性を高めるホイールキャップ

IMG_7481  クルマの燃費をよくするための手段として、現在大まかに3つの手段が考えられる。
 エンジンの効率を高めること、車体を軽くすること、それに空力特性を高めることの3つである。
 トヨタのハイブリッド高級車SAI(サイ)には2つのアルミホイールが設定されている。18インチと16インチ。そのうちの16インチは、最小回転半径を5.2メートルとワンクラス小さいクルマ並。
 実はそれだけではなく、軽量化と空力特性を高める役目をしている。とくに空力特性は樹脂製のフルホイールキャップを付けることで、空力を表わすCD値を0.004ダウンするのに貢献。燃費を高めるのに役立っている。実はこのフルホイールキャップを取り付けることで空力を向上させる手法は、弟分のプリウスにも採用されているのである。これって、ホイールキャップのこれまでにない活用法である。ちなみに、SAIの16インチホイールに付くタイヤは、205/60R16 92H である。

愛車メンテのプラスアルファ情報

DEENのラチェットリング

IMG_7476  ハンドツールがアドバンテージを得るというか、使い勝手が高いと評価されるのは、狭いところでの機動力。早い話、手が入りづらい部分でいかにスムーズに作業ができるかである。
 DEENのラチェットリングは、なかなかに鋭い商品だと思う。
 差し込み角3/8インチのごく小さなものだが、ソケットやエクステンションバーをつなげると、手のひらでくるくるラチェットを作動できるすぐれもの。ギア数が72と細かいのも使い勝手に大いにプラス。
 中の差し込み角部(プッシュボタン付き)だけを簡単に取り外しでき、裏返すことで右回し/左回しが簡単に選択できる。汎用のビットを差し込み、ドッキングできるのもなかなか便利なところ。価格は3/8インチ・タイプが2100円で、1/4インチ・タイプが1900円。DEENのホームページは・・・・https://www.f-gear.co.jp


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