みなさん!知ってますCAR?

2016年2 月15日 (月曜日)

TOP NEWS

少年時代に目撃した! 不思議な鉛蓄電池の使い方

うなぎ  鉛蓄電池は、重くてかさばることから、技術革新がなかなか進んでいない自動車部品に思われている。ところが、電気の受け入れ特性を高めたり、見えないところで、鉛バッテリーは意外な進化を遂げ、21世紀の乗り物燃料電池車にもプラグイン・ハイブリッド車でも欠かせない部品なのである。ライトやカーオーディオ、ホーンなどボディ電装品のエネルギーで機器として鉛バッテリーは、今後も活躍しつつけることは間違いない。
  その鉛蓄電池だが、筆者が小学生のころ、身近で意外な使われ方をしていた。理容業を営む親父は、唯一の趣味が魚取りだった。それも川魚である鰻(うなぎ)。道具はすべて手づくりだった。直径7ミリほどの真鍮棒を丸くタモ(網)のフレームにし、節を貫通させた竹棒をひとつの極に、もうひとつは、やはり真鍮棒から同じく節をくり貫いた竹のインナーを通したところにボタン・スイッチを取り付け、逆側の極としていた。電源は、オートバイの12V鉛バッテリーで、トランスで変圧して、ちょうど石垣の奥やコンクリートの裂け目に潜んでいる鰻にショックを与えるに適した電圧としていた。バッテリーとトランスを入れる箱は木工で自作し、ベルトは幅広のパラシュートの緑色をしたベルトを再利用。近くに戦時中飛行場があり、そこからの調達品だった。充電具合いをみるのは、いまのような専用機器がないので、正負の極同士を一瞬つなげ、火花の散り具合で見るという、なんとも野蛮で、危ない(水素ガスが漂っている!)手法だった。
  休日になると、自転車で1時間ほど走った河川に出かけ10匹近くは捕獲してきた。使い込んだ専用の長い俎板と包丁を使い、鰻を2枚下ろしにすると、電気ショックで骨が途中で折れ、鮮血が滲んでいた。子供心に残酷だとは思ったが、蒲焼にして口に入れるとそんな仏心は霧消した。ときには30匹40匹も捕まえ、家族の腹に収まりきれないと近所の人を集めて鰻パーティを催したのである。
  そんな親父が生涯で、しょぼくれるときが2回ほどあった。漁獲法違反で(電気で魚を捕ることは違反なようだ)2回もつかまっているのである。にもかかわらず、趣味と実益を兼ねた彼の趣味は30年ほど続いた。何しろ当時は貴重なタンパク源だったのだ。もうひとつの「ALWAYS 三丁目の夕日」のような光景だが、筆者がいまも鰻をこよなく愛し、一家言もつのも、こんな親父がいたからに違いない。恥ずかしくも、なんとも懐かしいエピソードだ。

カーライフ大助かり知恵袋1

スバル360と百瀬晋六の物語 第11回

スズライト  昭和30年、百瀬は、次期構想案を上司から打診された。彼の頭には、このときすでに軽自動車の実現をイメージしていたようだ。
  当時の日本は敗戦直後の経済復興期を切り抜け、朝鮮戦争による特需で景気が急上昇。庶民のなかにも夢のクルマを持ちたいという機運が生まれ始めていた。軽自動車は、軽免許(二輪免許)で乗れ、税金・保険代などが安く、車検や車庫証明が不要などのメリットがあった。つまりいまにつながる軽自動車が優遇される環境はその当時からあったのだ。当時の軽自動車は、昭和27年に名古屋の日本オートサンダル自動車から発売された空冷4サイクル・サイドバルブ単気筒348ccエンジンを載せた「オートサンダル号」、昭和30年に大阪の住江製作所から富谷龍一(1908~1997年)がデザインした「フライングフェザー」がデビューしている。この2台とも2人乗りのオープンカーで、しかも手作りの少量生産。とてもファミリーユースのクルマとはいえなかった。
  本格的な軽自動車の登場は、昭和30年の夏に登場した鈴木自動車工業(現・スズキ)のスズライト号(写真)だった。空冷2ストローク2気筒360cc、最高出力16馬力/4200rpmを載せたFF車。セダン、ライトバン、ピックアップトラックの3つのボディスタイルを選択できたが、売れ筋はライトバンだったという。価格は45万円で、当時小型セダンで日本の日野自動車がノックダウン生産していたルノー4CVの64万円より安かった。だが、当時の大卒の初任給が約9000円の時代、とても庶民が手にする車ではなかった。(ちなみに同じ昭和30年1月デビューした国産発の乗用車クラウンは1500ccエンジンを載せ、価格が約100万円だった)

カーライフ大助かり知恵袋2

新型アウディA4とアルペンスキーの関係?

アウディA4  新型アウディA4がフルモデルチャンジされて、日本上陸となった。
  その発表会に出かけてみたら、流体力学についてのセッションを見ることができた。
  アウディA4は,4ドアセダンというごくごくオーソドックスなカテゴリーで、どこといってエクステリアの尖ったところが見えづらい。ところが、クラス最高空気抵抗値Cd値0.23。GT-R、86など並み居るスポーツカーよりも小さい。0.01小さいだけで時速100キロでの燃費が700メートルほど伸びる、という世界。その意味ではアウディは、セダンなのだが、スポーツカーより優れるという、なんとも不思議なクルマである。
  アウディ・ジャパンという企業は、「これがウリ!」とばかり、マスコミの前に流体力学の学者とアルペンスキーの皆川賢太郎選手をそろえ、A4の空力を力説したのである。A4の空力の秘密は、空力を高めるだけで1200時間にもおよぶ、もぐら叩き大作戦だったようだ。具体的には細かいリブを加えたドアミラー、スポイラーを機能したトランクリッド、きめの細かなアンダーボディの処理。クロスカントリー車で使われるクラムシェルと呼ばれるエンジンフードのデザインもきいているという。
  一方、アルペンスキーの選手のボディシェルを拝見して、驚いたのは、どちらかというと丸ポチャなのである。外観が丸みを帯びているが、上碗や太ももを観察すると、スピードスケート選手に近い筋肉質! サッカー選手とは異なるスマートさとやや異なる、体型に凄みを感じた。この身体で、最高速75キロ近いスピードで斜面を降りるんだな、と思うと、“バンパーを内に秘めた体型”なのかと、シュールな想像をめぐらしてしまった。
  ちなみにエンジンは、直4の2リッターで190PSタイプと252PSタイプがあり、駆動タイプもFFとフルタイム4WDの2タイプがあり、価格は510万円台から

愛車メンテのプラスアルファ情報

名前は長すぎで覚えられないけど! クニペックスのロングプライヤー

クニペックス  今回取り上げる工具の名は・・・「クニペックスのスプリング・ホースクランププライヤー・ロック付き」である。
  どんなに横文字の記憶が確かな読者でもこいつは、すぐには憶えられない。メーカーが、クニペックス(ドイツ)なので、コブラとかアリゲーターといった、いささか恐ろしげなニックネームを持つウォーターポンププライヤーと思いきや、アゴ部をみると金属チップが付いている。だんぜん異色である。ここで、滑りがちなホースクランプをガチッとばかり保持するのだ。こうした配慮はこれまであるようでなかった。
  この工具のすごいのは、これだけではない。
  握り部上部にロック機構が付いていて、噛み付いた状態を維持できるのだ。ということは、たとえばホースクリップを広げた状態にできるので、両手が空き膠着したホース自体はがす作業(両手でホースを揺さぶるとか、細いマイナスドライバーを隙間に差し込むとか・・・)ができるということ。私の記憶ではこうしたクランプできるプライヤーは初めてではなかろうか。
  上あごと下あごは、クニペックスお約束の3枚合わせなので、やや重量が重くなるきらいがあるが、チカラのバランスが理想に近く、ずっこけない。先端のチップは回転でき、万が一摩滅したら新品と交換できる(2800円と高いが)。アゴの調整段は19と細かく、全長は250ミリ。ハンドル部はディップタイプで昭和の味!? 品番は8551-250AFで、価格は1万38000円とややお高い。www.knipex.jp

2016年2 月 1日 (月曜日)

TOP NEWS

18万キロをあとにした愛車ビビリ音! その後の教訓

音圧と周波数 改定  前回取り上げた≪18万キロをあとにした愛車ファンカーゴのビビリ音トラブル!≫は、発生源がわかり、意外とすんなり解決。メデタシ・メデタシだったのだが、意外なところから反響をいただいた。騒音は物理学でいえば波なので、反響があってもなんら不思議ではないが、ふだん近所の用足しなどでクルマのハンドルを握ってはいるものの、クルマの仕組みには不案内と思われるシニアの女性から、こんな意見が舞い込んだ。
  「ブログを大変興味深く読ませていただきました。ただ、TOP NEWSのビビリ音については、広田さんって耳がよくないのかも? クルマの構造が解らなくても目の前のミラーがガタガタいう音なら素人の私にもわかる・・・」というものだ。
  う~ん、なるほど。子供のころから、頭が悪い男と数えきれないほど言われ続けてきたが、耳まで悪かったとは、さすがの筆者も恐れいった。むろん、加齢による難聴症状は起きてはいるが。あまりにストレートすぎる切り口に一瞬返す言葉もない感じ。
  手元にトヨタ自動車が整備士向けに編集した技術テキストがある。『振動騒音』の基礎知識からトラブル・シューティング法までを70ページほどにもわたり縷々(るる)解説している上級プロ向けの指南書。ライバルメーカーのクルマにくらべこの部門で劣るとしたら、売り上げを左右することにもなるため、傘下の整備士への懇切丁寧なメッセージが展開されている。このことからもわかるように、クルマの不具合のなかで一番厄介なトラブルは実は振動騒音なのである。
  この本によると「左右の耳で聞いた音の差、つまり音の強さと周波数の位相差で、音の発生源を探ることができる。上あるいは下からの音の発生源を探るのは苦手なのである」。つまり、人間の耳は水平方向(X軸)の音源には比較的正確にその発生源を探れるが、上または下にあるY軸の音源の特定は苦手だということのようだ。だから、今回の騒音を聞かせた私を除く3名も、「右のメーターから音が出ている!」「いやインパネの中央からでは?」はたまた「グローブボックスの奥からでは?」というテンデンバラバラにその音源を指差した。誰もが水平方向に真犯人がいると決め付け、頭上から出ている! とは気づかなかった。
  ヒトの認識のあやふやさという現象にひどく気づかされた事件だった。五感をテーマにした、ドイツ人作家・パトリック・ジュースキンの嗅覚をめぐる「パヒューム」(文春文庫)にも似た、よくできた推理小説を読んだ感じ、といえなくもない。(ちなみに表は、横軸が周波数、縦軸が音圧レベル。人間の音に対する感度をグラフ化したもので、先の技術テキストに掲載されている)

カーライフ大助かり知恵袋1

スバル360と百瀬晋六の物語 第10回

P-1  スバルが、戦後の混乱期のまだ残るなかで初めて手がけた乗用車の試作車P-1は、とりあえず完成した。
  開発期間が短かったわりには、たずさわったエンジニアたちは、事を成し遂げた達成感に浸ることができたものの、パフォーマンス自体は現在のクルマに比べるとお寒い限り。最高速が舗装路で108km/h、砂利道で100km/h。これは、運輸省が管轄する東村山のバンク付きテストコースでは外周1キロという、あまりに短いため測定できず伊勢崎と前橋を結ぶ公道での記録だった。公道で全開走行! となれば、いまなら新聞沙汰になるが、当時はなんとものどかな時代だった。(ちなみに、筆者も1970年代、雑誌の編集部員のころ村山テストコースで、ニューモデルのデータ取りをしている。本気でアクセルを踏み込むとコースから飛び出す危険があり、あまりの貧弱さに冷や汗をかいた記憶がある)
  富士精密工業製のエンジンは合計11台つくられた。ところが、この富士精密工業がブリヂストンの資本傘下になり、その傘下にプリンス自動車工業があることから、ライバルメーカーのエンジンを載せるわけにはいかず、途中から大宮富士工業製の1.5リッター直列4気筒エンジンを載せることになる。
  1950年代に入った日本は、銀行や商社、メーカーなどの実業界の再編成の動きが加速した。富士自動車もこうした混乱の渦に巻き込まれ、P-1を世に送り出す機会を逸することになる。P-1は、「スバル1500」と社長の北謙治により命名されたのだが、その北が急死したこともP-1の不運を決定付けた。けっきょく14台のP-1がナンバーを取得し、うち8台が各工場の社用車となり、残り6台が太田、伊勢崎、本庄などのタクシー会社で営業車として活躍した。
  タクシーとなったP-1は、とくに大きなトラブルもなく10万キロ以上を走りきった。社用車となった4号車は走行40万キロをノントラブルで走りきっている。こうしてP-1は、トラジディ的色合いを帯びたクルマだった。でも百瀬たちには、内向きにはならなかった。世にその真価を問うことはかなわなかったが、百瀬をはじめとするこのクルマを手がけたエンジニアたちは、「P-1で自分たちは自動車屋になった」と自信を抱くことができたのだ。スバル360へと続く飛躍への秘めた闘志を燃やすことができたのである。

カーライフ大助かり知恵袋2

ニッチ・カービジネスを狙うスズキの思惑は果たして?

イグニス  燃料電池車の普及は、インフラ整備との追いかけっこでまだ先のことだが、いまや燃費のいいハイブリッドカーが多数派を占めつつある。軽自動車を除く登録車の世界で、トヨタ陣営の枠外にある、どちらかというと弱小メーカーであるスズキは、どんな手段で存在感を示すことができるか? ホンダのような個性を売り出すメーカーを目指すのか? はたまたマツダのように、他にはない技術を結実させてのクルマづくりで勝負をするのか? 
  スズキのカービジネス生き残り作戦は、どうもこの2つのメーカーとは一線を画すようだ。
  どこのメーカーもほとんど気付かないニッチな領域でのクルマづくりに、かけているように見える。軽自動車のハスラーは、遊びゴコロ満載のクロスオーバー。ダイハツや三菱、ホンダには存在しない。むろん過去には同じようなコンセプトのクルマはあったが、販売に結びつかなかった、いわば、お蔵入りしていたコンセプト。スズキの凄みは、埃をかぶった手法を21世紀のふさわしい色合いで飾りつけ、成功したのである。この世界は、売れれば官軍である。
  同じようなコンセプトで、今度は登録車で展開したのが今回デビューした「イグニス」(IGNIS:ラテン語でかがり火の意味)である。“年齢を問わずアクティブなユーザーがターゲット”が言葉としてのコンセプトも、なんだか遠い昔に聞いたようなキャッチ。半年ほど前デビューしたワンボックスの「ソリオ」のプラットフォーム(台車)とエンジンなどのパワーユニットをソックリ使った。持ち駒をすこし仕立て直すことで、価格を下げ、購買意欲を高める作戦。車高をやや高くして、アウトドアでも使えそうに見せるのがクロスオーバーという手の内。そのぶん乗り降りがやや面倒になり、シニア世代には受け入れられない!? でも、クルマのボディカラーだけで買うか買わないかが決まる世界、こんなクルマにもココロ動くユーザーがいるのかもしれない。(イグニスはなんと13色もある!)ちなみにスバル同様のステレオカメラが採用され、自動ブレーキ性能が強化されているのは慶賀すべきだ。排気量は1200ccで、すべてCVT。価格は130万円台から。

愛車メンテのプラスアルファ情報

マドモアゼル? はたまたマダム? ファコムのラチェットハンドル

ファコム  フランス生まれのファコムのラチェットハンドルのなかには、最近実にユニークなものがある。「ファースト・アクション・ツイスト・ハンドルラチェット」(別名:ドライブ・ロータリーラチェット)。長ったらしい製品名がまず気に入らない。不満はそれだけではない。3/8インチ差し込み角なのだが、一見するとだれしもが1/2インチに見間違うほどデカイ。筆者も、3ヶ月以上触れずにいたら完全に1/2インチだと思い込んだ。インポーターに電話して不明に気づき、冷や汗をかいたエピソードが生まれたほど。全長が232ミリ、重量がなんと465グラム。長さは80ギアのスナップオンFHR80とほぼ同じで、重量は通常の約2倍。価格はさほど高くはないので、重さあたりの価格ならだんぜんお買い得!(冗談だけど)。
  ギア数は、60ギアで、丸型である。一見な~んだ、と思うなかれ。ハンドル部をクルクル回すことができ、そのクルクル回すだけで、ボルトを脱着できてしまうのだ。一周グルグルでなく、手首でハンドル部をクルクルと往復させることで、締め込んだり、逆に緩めることもできる。「ファースト・アクション・ツイスト・ハンドラチェット」の面目躍如なところは、ここなのである。インポーターが説明する、これこそが航空機業界に食い込んでいるメーカーの真骨頂なのかしら!? 15年ほど前遠い記憶を手繰ると、台湾製で同じようなものが存在していた記憶があるが、FACOMというロゴだとなんだか、後光がさしてマドモアゼルにみまがう!? ただ、左右の切り換えは両手を使わざるを得ないのが不便。プッシュボタンもやや重い。ヘッド部も付加機構が組み込まれているせいか、通常のものよりひときわ大きい。ちなみに、1/4インチも1/2インチも揃っていて、1/4インチの方は141グラム、全長120ミリで実に具合がいい。大きいだの重いだのは欧米人の手との違いで評価が分かれるが、我が邦としては、1/4インチボディに3/8インチ角のモノを発売してくれるといいのに・・・と心から思うのである。


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