みなさん!知ってますCAR?

2019年8 月 1日 (木曜日)

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あの”星の王子さま“の作者は、伯爵の息子にしてメカニックだった!

サン=テグチュペリ  発表以来200以上の言語に翻訳され、累計1億5000万冊を超える超ロングベストセラー「星の王子さま」。
  その作者は、言わずと知れたフランス人のサン=テグジュペリである。20世紀初頭の1900年に生まれ、第2次世界大戦が終わる少し前の1944年7月31日に偵察飛行のためコルシカ島を飛び立ち消息を絶った。
  サン=テグジュペリは、伯爵家に生まれた正真正銘のフランス貴族だが、飛行士にあこがれ工学校で学ぶ。そして24歳のとき2年間ほどソーレ社というトラックを製造する企業の販売員兼整備士でもあった。次の就職先のラテコエール郵便航空会社では正真正銘の整備士として働いている。いっぽうモノを書く才能は天性のものがあった。
  1920年代だから、フォード社のモデルTのころだ。いまのクルマにくらべると、信頼耐久性は超低レベル。走るものの、すぐ壊れ、自分で修理する、そんな時代である。そのサン=テグジュペリが、42歳のときに書き上げた「戦う操縦士」のなかで、自動車および機械文明を鋭く評する言葉が登場する。上空から、全財産をクルマに積み逃げ惑うフランス市民たちを目の当たりにして…‥。
  「機械というものは、時間に余裕のある、平和で安定した社会を想定して作られている。それを修理したり、調整したり、油をさしたりする者がいなくなると、すさまじい速さで老朽化していく。これらの自動車も、今晩にはもう、1000年も歳を取ったような姿になるだろう。…‥」(写真:光文社刊 鈴木雅生訳)
  この本は、英語版では「アラスへの飛行」(FRIGHT TO ARRAS)となっていて、発売するやアメリカでベストセラーとなり、戦地に赴く米兵の必読書だった。すでにナチス・ドイツの占領下にあった北フランスのアラス上空を偵察飛行するサン=テグジュペリが、敵戦闘機との手に汗握る遭遇劇やきびしい対空砲火を浴びながら、戦死あるいは負傷した戦友たちとの回顧、生きるということ、人間の営みの意味などを哲学的に思想する。
  「ノブレス・オブリージュ」(フランス語で、直訳すると“高貴さは義務を強制する”)という言葉がある。要するに、身分の高い者は、いざとなれば喜んで死地におもむく存在なのだ、という日本の武士道にも通じる倫理観。33歳までとされた偵察機の搭乗を44歳で無理やり敢行したサン=テグジュペリの場合、ノブレス・オブリージュとだけでは説明できない、なにか特別感があったと思われる。
  ちなみに、サン=テグジュペリの作品は、戦争文学のカテゴリーともいえる。世に戦争文学は戦争におもむいた人に比べその数はごく少数。命のやり取りを行う行為の中で、文学的精神を発揮するのはごくまれだからだ。

カーライフ大助かり知恵袋1

知られざるダイハツの歴史―国産エンジン開発の情熱から始まった!(11回)

40馬力堅型超ディーゼル  大正期に入り、発動機の需要が増していった。背景には日本の近代化の波が本格的になり、燃料が節約できる経済的な動力源が求められていたのだ。
  具体的な需要としては、従来からある発電用の大型原動機だけではなかった。
  灌漑用、精米用、織布用、遠洋漁業の原動機、精錬や採鉱などの鉱山用にもガス機関が使われはじめた。大正4年ごろからは鉱山での利用が多くなり、当時としては国産最大の400馬力ガス発動機を日立鉱山から3基受注している。その年、受注した市場で一番多かったのは、船舶用で26基だった。2番手が鉱山での精練用として18基だったという。
  第1次世界大戦で疲弊した欧州はそれまで盛んだった日本への輸出が途切れがちになり、逆に日本から欧州への輸出が増加した。つまり日本は、これを機会に重工業化社会へと大きく舵を切るのである。好景気の波に乗り発動機製造は、売り上げを伸ばしていった。
  ところが、大正7年に戦争が終結すると、またたくまに反動不況が産業界を襲ったのだ。
  そこへ労働争議が起き、大正12年には関東大震災により、東京が大混乱するなど、結局昭和の初めまで日本経済は、長い低迷期にはいる。都市生活者には閉塞感ただよう息苦しい世情だった。でも発動機製造㈱も一時赤字損失を出して、株主には無配となるが、徐々に売り上げが上向いていった。この背景には鉄道車両用の機器生産と小型の「超ディーゼル」が屋台骨を支えた、とされている。
  ※写真は、40馬力堅型超ディーゼル。

カーライフ大助かり知恵袋2

横浜国大のフォーミュラカーづくりとは?

横国大の大沢さん

横国大の機械工場

  前回紹介した「学生フォーミュラ日本大会2019」。8月末に、静岡でおこなう大会に向け、各大学はセットアップにいそしんでいるころだ。
  そこで、常に上位入賞の強豪チーム横浜国大のYNFP(ヨコハマ・ナショナル・ユニバーシティ・フォーミュラ・プロジェクト)の現場を訪ねてみた。横浜駅から西に約4㎞のところにある常盤台キャンパス。三ッ沢公園の少し先だ。
  天井クレーン付きの組み付け場所、近くにはフライス盤や旋盤、ボール盤などを備える機械加工設備もあり、さらにテスト走行する場所も学内にあるなど、実にうらやましい環境だ。ちなみに、キャンパス内の生協では、半田ごてやリード線などがすぐ購入できる(工学部があるため)。
  チームリーダーの大澤駿太君(写真)は、経済学部3年生。フロントオーバーハング部の軽量化に取り組み、車重約200㎏のうち1㎏を軽くできた苦心話を語ってくれた。近くにいた物理を履修する3年生の田中真由さんをつかまえると彼女は、なんと溶接担当である。つまり、いま話題の「溶接女子」。街中でたまたま遭遇した溶接現場を目の当たりにして感動したという。わずか直径25.4㎜の丸断面の交換を溶接するのだが、当初はトーチを当てすぎて穴をあけたり、ひずみを生じさせたりの失敗続きだった。「でも、慣れるに従い、徐々に上達していきました!」モノづくりの喜びを、すっかり自分のものにしているようだ。
  ところで、横浜国大チームが今回狙っているのは、「静的審査」で高得点を挙げることだという。マシンを動かさないでの審査。
  「プレゼンとデザイン審査の部門で、事前にリサーチしたことをもとにした、内容を発表したいと思っています」と大澤君。「モータースポーツの人的要素であるエンジニア、メカニック、それにドライバー、この3者のキャリアパスが、ここ日本では必ずしも明確ではない。そこで、現役の3者からできる限りヒアリングして、これらのキャリアパスはどうあるべきかを発表します」。ちなみに、キャリアパスとは、経営学の用語で、ある職に就くまでの経験や順序のことだ。
  なるほど、この学生フォーミュラは、ただがむしゃらにスロットルを踏むだけでなく、モータースポーツをシンキングするものなんだな、きっと。

愛車メンテのプラスアルファ情報

いろいろなネジがひとまとめに2998円は安い? それとも高い?

ネジのセット  う~ん、何でもアリは何にもナイ! ということかもしれな~い。
  先日、アメリカ式スーパーマーケットCOSTCOに足を踏み入れたところ、ネジセットがなんとふだん3998円が1000円安の2998円(税込)で売られていた! ほとんど衝動買いで、手に入れてしまった。メーカーは、オハイオ州に本社がある「JACKSON PARMER」。ネットで調べると創業1986年。この手の商品は、いうまでもなく中国製だ。
  ところが、自宅に戻りこの3千円で2円のお釣りがきた「ネジ(ボルト)とナット、それにワッシャ―セット」を、しげしげと観察した。15分で結論が出た。
  グワ~ン! ワタシのライフスタイルではほとんど役に立たない! ことが判明した。
  このセットは、280×150×50mm、いわば玉手箱ほどの3つの樹脂のしっかりした箱に整理されている。意外とこのケースがおしゃれだ。して、どう整理されているかというと、メトリック(メーターねじ)、SAEネジ、それに木ネジだ。SAEネジというのはインチネジのことのようだ。
  たとえば日本でよく使うメトリックネジは、3㎜から4,5,6,8㎜と、たとえば4㎜ならネジ長さ16㎜と25㎜の2タイプ。ねじの長さもそれぞれ複数ある。それに合わせて、ナットと平ワッシャーが収まる。ところが、この肝心のネジがみな、丸頭のクロスなのだ。自動車やバイクで使われる6角頭のネジではない。しかもネジ自体のクオリティも凡庸だ。これでは、緊急事態の時でないと使えない。
  インチネジも、将来輸入車オーナーになるなら必要になると思いきや、やはり頭が丸ネジで、6角ボルトではないので、アウトだ。3つ目の木ネジは、家庭内で意外と活躍できそうな気がするが、そう頻繁に必要なシチュエーションがあるわけではない! 全部で1500点もあるというキャッチフレーズもむなしい!
  ということは、ざっくり言って今回の買い物は、「貧乏人の銭失い!」あるいは「安物買いの銭失い!」それを地でいったようだ。


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