数ある自動車メーカーのなかで、日産ほど毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい企業はないのではなかろうか。
巨額の負債で瀕死状態にあった日産を、わずか数年のあいだにV字回復させた外国人カリスマ経営者を、昨年末いきなり追放したものの、依然として深刻な経営危機に陥っている。過去にも労働組合のトップが経営に深くかかわるなど異常な状況があったことを思い起こすと、今回、カリスマ経営者が残した「パンドラの箱」が開き、外からは見えにくかった負の部分が顔を出した、ともいえる。
その日産の発祥の地とされる横浜神奈川区にある「日産エンジンミュージアム」に2年ぶりに出かけてみた。
社会に広く顔をさらしている博物館がいまどんな現状なのかを知りたくなったのだ。じつは、この建物、昭和8年創業当時の日産本社の建物をそっくりそのまま利用しているところが、最大の魅力なのだ。木枠の間仕切り、木製の扉、真鍮の取っ手、それに昭和初めに流行したという大理石のような人工の石でつくられた階段がなんともいい味を醸し出しているのだ。
1階と2階の2つのフロアで構成された自動車博物館としては小ぶりだ。1時間もあればだいたいを見て回れる。
入ってみて驚いたのは、今年4月にリニューアルされていた。エントリー部の1階は子供でも理解できるクルマづくりのプロセスを分かりやすく解説。樹脂製のスパナと電動ドリルを子供が使いネジを緩めたり締めたりするコーナーやプレス加工による同じ厚さの鋼板が強度と剛性を高められる、そんなやや理解が難しい展示部もある。その奥には、日産の先端技術である可変圧縮比エンジン、ハイブリッド技術“eパワー”を支えるモーター製造技術などを解説する展示物が並ぶ。
2階は、廊下を挟んで、橋本増治郎の快進社をルーツにもつ日産90年のクルマづくりヒストリー、それに輝かしいレーシングエンジンを含め歴代の日産エンジン単体を30基ほど展示。詳細なパネルとともに、いかに日産がエンジンに力を注いできたかがわかる仕掛けだ。
ミュージアムの責任者の木村優(あつし)さん(65歳)は、1970年代九州の工業高校機械科を卒業し、日産のエンジン実験部門に入社。おもにエンジン補器類の耐久テストに従事してきた。燃料噴射方式になった80年代から燃圧が3倍ほど高くなり、燃料ホースの周辺機器の強化、それにヘッドガスケットの変遷、ヘッドボルトの締め付け法が弾性域から塑性域に変わるなど、いまにつながる高性能エンジンの話題を解説してくれた。ただ、このへんも個人の記憶でしかなく、かなりあやふや。そもそも技術のデータベースが欠如している。そのことにも気づかないところに、日産の病魔が潜んでいる。―――そんなふうに思うのは、深読みなのかもしれない。いずれにしろ、期待値以上の成果が今後の日産が得られるといいのだが。
「超ディーゼル」というのは、そもそもアメリカ・シカゴ市にある「アール・エム・ビット社」が持つ小型特殊エンジンで、発動機製造㈱は「小型で扱いやすいエンジン」ということで注目し、大正11年4月に、技術提携を結び、日本での国産化に着手している。これは、空気を圧縮することでそこへ燃焼油をポタポタっと滴下させ、自然発火させ、燃焼させるスタイル。通常のディーゼルエンジンは備える高圧噴射ポンプと噴射ノズル(インジェクター)を省き、燃料を滴下させ、圧縮工程の終るタイミングで自然点火させて、燃焼室全体で燃焼を果たすというシンプルなもの。いまから見ると、かなりアバウトであるが、構造が簡単でそのぶん難しい保守点検も不要なため、好評を博した。
これを「超ディーゼル」と称して販売した。大正11年から昭和10年まで生産され、累計約2500台販売している。当初は数馬力ほどの小出力エンジンで、現在から見れば、やはり効率もあまりよくなく、圧力もあまり高められなかった。排ガス性能も褒められたものではなかったようだ。
ただ、当時の小型漁船は指導にコツがいるわりには燃費が良くない焼玉エンジンだったので、一部の船舶には超ディーゼルが引き合いがあったという。ダイハツの社史には、「大正15年には1気筒当たり25馬力の超ディーゼルが完成し、4気筒で100馬力出せるものまで開発。カツオ船の船舶エンジンなどに活躍し、京城(現ソウル)には販売出張所を設けた」とある。
ニューカー・アセスメント・プログラムNCAPの世界会議が今年もこの6月東京で開かれた。6回目だ。韓国とアメリカが参加を見合わせるなど、やや波乱含みだったが、ラテンNCAPが初めて参加するなどもあり、議論はそこそこ盛り上がった。
自動車の安全性のテスト・評価は、そのクルマの使われる国や地域で異なるので、地域ごとで微妙に安全性のレーティングが違ってくるものの、年に一度関係者が会議することで、“ハーモナイズしていこうじゃないか!”というのが、国際会議の趣旨だ。世界で年間135万人もの人が自動車事故で死亡するのを減らそうという狙いだ。
NCAPでリードしているのは、ドイツをふくむヨーロッパのユーロNCAPである。
ユーロNCAPのレーティングを担当するドイツ人のアンドレ・ジーク氏は、5年後の2025年のユーロNCAPのプログラムを披露してくれた。それによると、運転手の様子を監視し安全向上につなげるドライバーモニタリングシステム、自動ブレーキ性能、後方衝突事故対策、側面衝突事故後の安全性の確保、車内子供置き去り防止システムなどが、安全性評価を左右するレーティングに加わるという。歩行者や自転車の飛び出し対策も考慮される。
たとえば側面衝突では、隣り合う人同士の頭部がぶつかり死亡事故につながるケースを防ぐため、ルーフからのエアバックを追加して対策をとる模様だ。あるいは、車内子供置き去り防止装置としては、車内に生体反応装置を付けブザーを鳴らすとかスマホでウオーニングする、あるいは自動でエアコンを入れるといった装置の追加が考えられる。
日本のJNCAPでも、おそらくユーロNCAPに準じる動きをとると思われる。
新潟県燕市にある「ワイズ」というヘキサゴンレンチのメーカーのモノづくりは、面白い。
この会社、東大阪のフジ矢の傘下になって「若穂囲製作所」から「ワイズ」にシフトとしたのだが、人真似はしたくない! そんなユニークなモノづくり精神がいまだに流れているようだ。
「ピアス・ボールレンチ」も間違いなく、その一つだ。
アイディアマンだった先代の社長が、発明した超ロングの使う人を強く意識したヘキサゴンレンチである。この製品のユニークなところ、斬新なところは3つに集約できる。ひとつは、軸に6角レンチのビットが差し込まれているというか、勘合させている(その様子から“ピアス”と命名したようだ)のだが、軸と6角部はわずか15度オフセットさせている。これにより通常の6角レンチなら、振り角度が60度となるが、こちらは半分の30度に収まり、狭いところでの作業性が劇的に高まる。
2つ目が、軸に黒色のカチオン塗装を施している点だ。その上にパッド印刷でサイズの数字と製品ロゴを印字している。肉厚のカチオン塗膜は、軸自体の表面肌の凸凹を隠してくれるので、美しく仕上がるわりには、コストダウンになっているようだ。
3つ目が、6角部の高さが低い。たとえばサイズ5㎜で19ミリと短く、奥まったところのボルトにも対処しやすい点だ。しかも先端部を丸く仕上げ、相手のボルトにコミットしやすい工夫を凝らしている。
担当者に言わせると「あまり売れない」というが、たぶん特徴の説明が難しいからだと思う。
バリエーションは2.5×3㎜、3×4㎜、4×5㎜、5×6㎜、6×8㎜、8×10㎜の6種類。価格はネット調べで、たとえば5×6㎜で1200円前後とリーズナブルだ。
発表以来200以上の言語に翻訳され、累計1億5000万冊を超える超ロングベストセラー「星の王子さま」。
その作者は、言わずと知れたフランス人のサン=テグジュペリである。20世紀初頭の1900年に生まれ、第2次世界大戦が終わる少し前の1944年7月31日に偵察飛行のためコルシカ島を飛び立ち消息を絶った。
サン=テグジュペリは、伯爵家に生まれた正真正銘のフランス貴族だが、飛行士にあこがれ工学校で学ぶ。そして24歳のとき2年間ほどソーレ社というトラックを製造する企業の販売員兼整備士でもあった。次の就職先のラテコエール郵便航空会社では正真正銘の整備士として働いている。いっぽうモノを書く才能は天性のものがあった。
1920年代だから、フォード社のモデルTのころだ。いまのクルマにくらべると、信頼耐久性は超低レベル。走るものの、すぐ壊れ、自分で修理する、そんな時代である。そのサン=テグジュペリが、42歳のときに書き上げた「戦う操縦士」のなかで、自動車および機械文明を鋭く評する言葉が登場する。上空から、全財産をクルマに積み逃げ惑うフランス市民たちを目の当たりにして…‥。
「機械というものは、時間に余裕のある、平和で安定した社会を想定して作られている。それを修理したり、調整したり、油をさしたりする者がいなくなると、すさまじい速さで老朽化していく。これらの自動車も、今晩にはもう、1000年も歳を取ったような姿になるだろう。…‥」(写真:光文社刊 鈴木雅生訳)
この本は、英語版では「アラスへの飛行」(FRIGHT TO ARRAS)となっていて、発売するやアメリカでベストセラーとなり、戦地に赴く米兵の必読書だった。すでにナチス・ドイツの占領下にあった北フランスのアラス上空を偵察飛行するサン=テグジュペリが、敵戦闘機との手に汗握る遭遇劇やきびしい対空砲火を浴びながら、戦死あるいは負傷した戦友たちとの回顧、生きるということ、人間の営みの意味などを哲学的に思想する。
「ノブレス・オブリージュ」(フランス語で、直訳すると“高貴さは義務を強制する”)という言葉がある。要するに、身分の高い者は、いざとなれば喜んで死地におもむく存在なのだ、という日本の武士道にも通じる倫理観。33歳までとされた偵察機の搭乗を44歳で無理やり敢行したサン=テグジュペリの場合、ノブレス・オブリージュとだけでは説明できない、なにか特別感があったと思われる。
ちなみに、サン=テグジュペリの作品は、戦争文学のカテゴリーともいえる。世に戦争文学は戦争におもむいた人に比べその数はごく少数。命のやり取りを行う行為の中で、文学的精神を発揮するのはごくまれだからだ。
大正期に入り、発動機の需要が増していった。背景には日本の近代化の波が本格的になり、燃料が節約できる経済的な動力源が求められていたのだ。
具体的な需要としては、従来からある発電用の大型原動機だけではなかった。
灌漑用、精米用、織布用、遠洋漁業の原動機、精錬や採鉱などの鉱山用にもガス機関が使われはじめた。大正4年ごろからは鉱山での利用が多くなり、当時としては国産最大の400馬力ガス発動機を日立鉱山から3基受注している。その年、受注した市場で一番多かったのは、船舶用で26基だった。2番手が鉱山での精練用として18基だったという。
第1次世界大戦で疲弊した欧州はそれまで盛んだった日本への輸出が途切れがちになり、逆に日本から欧州への輸出が増加した。つまり日本は、これを機会に重工業化社会へと大きく舵を切るのである。好景気の波に乗り発動機製造は、売り上げを伸ばしていった。
ところが、大正7年に戦争が終結すると、またたくまに反動不況が産業界を襲ったのだ。
そこへ労働争議が起き、大正12年には関東大震災により、東京が大混乱するなど、結局昭和の初めまで日本経済は、長い低迷期にはいる。都市生活者には閉塞感ただよう息苦しい世情だった。でも発動機製造㈱も一時赤字損失を出して、株主には無配となるが、徐々に売り上げが上向いていった。この背景には鉄道車両用の機器生産と小型の「超ディーゼル」が屋台骨を支えた、とされている。
※写真は、40馬力堅型超ディーゼル。
前回紹介した「学生フォーミュラ日本大会2019」。8月末に、静岡でおこなう大会に向け、各大学はセットアップにいそしんでいるころだ。
そこで、常に上位入賞の強豪チーム横浜国大のYNFP(ヨコハマ・ナショナル・ユニバーシティ・フォーミュラ・プロジェクト)の現場を訪ねてみた。横浜駅から西に約4㎞のところにある常盤台キャンパス。三ッ沢公園の少し先だ。
天井クレーン付きの組み付け場所、近くにはフライス盤や旋盤、ボール盤などを備える機械加工設備もあり、さらにテスト走行する場所も学内にあるなど、実にうらやましい環境だ。ちなみに、キャンパス内の生協では、半田ごてやリード線などがすぐ購入できる(工学部があるため)。
チームリーダーの大澤駿太君(写真)は、経済学部3年生。フロントオーバーハング部の軽量化に取り組み、車重約200㎏のうち1㎏を軽くできた苦心話を語ってくれた。近くにいた物理を履修する3年生の田中真由さんをつかまえると彼女は、なんと溶接担当である。つまり、いま話題の「溶接女子」。街中でたまたま遭遇した溶接現場を目の当たりにして感動したという。わずか直径25.4㎜の丸断面の交換を溶接するのだが、当初はトーチを当てすぎて穴をあけたり、ひずみを生じさせたりの失敗続きだった。「でも、慣れるに従い、徐々に上達していきました!」モノづくりの喜びを、すっかり自分のものにしているようだ。
ところで、横浜国大チームが今回狙っているのは、「静的審査」で高得点を挙げることだという。マシンを動かさないでの審査。
「プレゼンとデザイン審査の部門で、事前にリサーチしたことをもとにした、内容を発表したいと思っています」と大澤君。「モータースポーツの人的要素であるエンジニア、メカニック、それにドライバー、この3者のキャリアパスが、ここ日本では必ずしも明確ではない。そこで、現役の3者からできる限りヒアリングして、これらのキャリアパスはどうあるべきかを発表します」。ちなみに、キャリアパスとは、経営学の用語で、ある職に就くまでの経験や順序のことだ。
なるほど、この学生フォーミュラは、ただがむしゃらにスロットルを踏むだけでなく、モータースポーツをシンキングするものなんだな、きっと。
う~ん、何でもアリは何にもナイ! ということかもしれな~い。
先日、アメリカ式スーパーマーケットCOSTCOに足を踏み入れたところ、ネジセットがなんとふだん3998円が1000円安の2998円(税込)で売られていた! ほとんど衝動買いで、手に入れてしまった。メーカーは、オハイオ州に本社がある「JACKSON PARMER」。ネットで調べると創業1986年。この手の商品は、いうまでもなく中国製だ。
ところが、自宅に戻りこの3千円で2円のお釣りがきた「ネジ(ボルト)とナット、それにワッシャ―セット」を、しげしげと観察した。15分で結論が出た。
グワ~ン! ワタシのライフスタイルではほとんど役に立たない! ことが判明した。
このセットは、280×150×50mm、いわば玉手箱ほどの3つの樹脂のしっかりした箱に整理されている。意外とこのケースがおしゃれだ。して、どう整理されているかというと、メトリック(メーターねじ)、SAEネジ、それに木ネジだ。SAEネジというのはインチネジのことのようだ。
たとえば日本でよく使うメトリックネジは、3㎜から4,5,6,8㎜と、たとえば4㎜ならネジ長さ16㎜と25㎜の2タイプ。ねじの長さもそれぞれ複数ある。それに合わせて、ナットと平ワッシャーが収まる。ところが、この肝心のネジがみな、丸頭のクロスなのだ。自動車やバイクで使われる6角頭のネジではない。しかもネジ自体のクオリティも凡庸だ。これでは、緊急事態の時でないと使えない。
インチネジも、将来輸入車オーナーになるなら必要になると思いきや、やはり頭が丸ネジで、6角ボルトではないので、アウトだ。3つ目の木ネジは、家庭内で意外と活躍できそうな気がするが、そう頻繁に必要なシチュエーションがあるわけではない! 全部で1500点もあるというキャッチフレーズもむなしい!
ということは、ざっくり言って今回の買い物は、「貧乏人の銭失い!」あるいは「安物買いの銭失い!」それを地でいったようだ。