みなさん!知ってますCAR?

2022年10 月 1日 (土曜日)

韓国のヒョンデ製EV試乗で見えた景色とは?!

ヒョンデ1


ヒョンデ2

  お隣韓国の自動車メーカー「ヒョンデ」が、ふたたび日本市場に挑戦し始めている。
  Hyundai Motor Companyは、過去を振り返ると2001年から日本で乗用車を販売していた。だが、わずか10年で1万5000台程度の販売実績を残し撤退している。ちょうど韓流ブームとやらで、“ヨン様”仕様の高級車がTVのコマーシャルで流れていた。いつの間にか日本市場から撤退した。ただし、大型バスが販売されていたのだが、乗用車は完全に日本市場から姿を消した。
  10数年前のことを思い出すと‥‥たまたま磯子に販売店があり、複数台ヒュンダイ乗用車をタクシーとして導入していたタクシー業者が横浜にあった。その車にたまたま乗り合わせたことがあった。エクステリアもインテリアもかなりイケていたし、走りや乗り心地も高級車テイストの印象。これならクラウン・コンフォートを軽く凌駕している! そんな印象を得ていた。
  だが、俗にいうタフマーケット(成熟したクルマ社会)の日本では、ただロープライスのクルマは受け入れられなかった。ファーストリテーリング的魅力は高額商品のクルマ市場では通じなかったともいえる。
  その韓国車が、捲土重来とばかり、いきなりEVとFCVを引っ提げて日本市場に再登場したのだ。
  シリコンバレー生まれのテスラ同様、新生「ヒョンデ」もネット販売で、いわば定価販売ビジネスだという。しかも、500万円台にEVの高級車をぶつけてきた。SDGsを前面にした商品で勝負。
  でもやはりネット空間での展示だけでは訴求力不足。見て・触ってもらわなければ! そこで新横浜駅近くに顧客に実車を見て触れてもらう施設をつくった。「ヒュンデ・カスタマーエクスペリエンス・センター横浜」がそれ。今年の7月末にオープンしたものだ。
  ただクルマを展示して説明員を張り付かせるのではなく、試乗ができる基地としての役割のほかに専用の整備ベイを設け、その光景を2階に設けた小洒落たカフェでお茶を飲みながら見ることができる。カタカタ文字が続く、このいささか長ったらしい名称の施設は、文字通り顧客が体験して楽しめる工夫を凝らしている。
  この施設にやじうま根性丸出しで、潜入してきた。新横浜の駅から市営地下鉄で一つめ「北新横浜駅」から歩いて5分。まわりにはスーパーマーケットやファミレス、あるいは倉庫などがある、いわゆる手垢がついていない新規開発の商業ゾーンの一画にその建物があった。
  受付カウンターのまわりがなにやら華やいだ雰囲気が漂う。なんと、人気の韓国のヒツプホップグループBTSのコンサートチケットが当たるキャンペーンが展開されていた最中。若い女性が朝から30数名ほど足を運んでいた。そしてスマホで、ヒョンデのクルマをパチパチと撮影している。SNSでヒョンデのクルマの写真や動画を拡散すると、抽選でチケットが手に入るかもしれないという。これってコスパの高い、いま風の宣伝手法! 期せずして、その実情を覗き見た感じだ。
  こうした女性は初めから試乗の予定がないので、筆者はあらかじめネットで申し込んだとおり、何ら支障なくEVのアイオニック5(IONIQ 5)に試乗することができた。試乗コースは、通常のディーラーの試乗などより2倍近い距離で、かなり余裕でクルマを味わうことができた。
  結論を言えば、やはりEVはおしなべて加速がいいし、静粛性も抜群。225kwの最高出力と600Nmの最大トルクで、1870kgの車重を軽々と移動させる。感動したのは、マスクしていても会話が弾んでしまうほど、車内が静かだという点。ステアリングが小径で好感が持てるし、インテリアも奇をてらうことなくしっとりとよくできている。回生ブレーキが働くので、ある程度のエンジンブレーキらしきものは感じられる。この回生ブレーキ、手元で強さをゼロまで4段階で調整できる。右左折時にウインカーを出すと、ドアミラー下部に設けている広角カメラが働く。死角になった側面の画像をインパネのモニターに映し出し、巻き込み事故を防ぐ。そんな新鮮な安全装置の仕掛けも魅力。
  幹線道路を走っているときはクルマの大きさはあまり感じないが、路地に入ったり、狭い駐車場でクルマを停めようとすると、とたんに車両の寸法がふだん乗るクルマより一回りデカいことに気がつく。回転最小半径は、5.99mもある。これはコンパクトカーより約1mも長い。
  カタログ数値を確かめると車幅が1890mm、全長も4635mmもあり、ホイールベースがなんと3000mmもあり、トヨタのノアの2800mmよりも200mm長い。価格は479万円からAWDの589万円まであるという。なお、フロア下にセットしているリチウムイオンのバッテリーは、8年または走行16万キロ保障。もしバッテリーが寿命のとき、単体価格はどのくらいかと聞いたところ「いまのところ未定で、たぶん100万円以上はすると思います」とのこと。「(トヨタや日産のような)バッテリーのリビルトやリサイクルの仕組みは未定です」という。
  このクルマ、すでに欧州や北米でも売られているが、日本市場でそう羽根が生えたようには売れないと思う。高級車をまずお披露目してイメージアップ。全国に既存の整備工場と提携したサービス拠点を数多く設け、整備体制をある程度構築してから、本格的にリーズナブルな価格のコンパクトカーを売ろうという心づもりのようだ。

2022年9 月15日 (木曜日)

博物館の図録と“モノづくり”の関係!

日野自動車の不正

  少し気のきいた博物館や美術館に行くと、かならず「図録」という分厚い印刷物が出口あたりで販売されている。
  「図録」とは、館に展示されていた写真や図(イラスト)を詳細に記録した印刷物。英語のPICTORIAL RECORDの翻訳のようだ。映画などのパンフレットとは少し異なり、資料性が高く、帰宅後自室でじっくり眺めることで、より展示物の意図や催し側の狙いが分かり、新しい発見もできる。通常の印刷物ではカバーしきれない実に有意義な書物。ただ、見っぱなしだと記憶から遠のくが、ときどき思い出し本棚から図録を引っ張り出し、眺めると記憶がよみがえったり、ふと別の情報と結びつき新しい発見やひらめきに結び付く。
  ところが、この図録という印刷物、作る側から考えると必ずしも割りが合う印刷物とはならない。
  手間暇とお金がかかるからだ。展示物をみな写真撮りし、それぞれに説明文を付け、見栄えが良くなるように、編集作業が必要となる。変に手を抜くと、印刷物だけにあとあとまで残り評判を落とす。それに、あまり高い価格をつけられない。
  そこで比較的リーズナブルな値段をつけて、販売することになるが、印刷しただけすぐに売れればいいが、博物館だと大量に刷って在庫することになるので、保管費用もばかにならない。
  タイミングとしては、博物館での展示と並行して、あるいは熱が冷めやらない直後に、図録を製作する。しばらくたってからだと再度取材が必要になるから熱が冷めるからだ。
  図録を作るか作らないかは、じつは一番熱量が高まる博物館オープンのタイミングだ。企業の博物館の場合、博物館をつくること自体が初めてなので、よほど余裕がなければ図録作成まで頭が回らない。
  これを踏まえたうえでツラツラ観察すると、トヨタの「産業技術博物館」の図録はよくできている。繊維と自動車の両方の歴史と内容が、少し重いのが難だが320ページに収められている。ちなみに「トヨタ博物館」の場合、バックヤードに大量の車両があり、展示物が時節で替わるので、イベントのテーマごとに図録を作っていて、すでにその数50冊を超えているのではなかろうか。
  一方同じトヨタ系のトラック・バスメーカーの日野自動車にも、70周年記念として1996年に八王子みなみ野駅から徒歩10分のところに「日野オートプラザ」という博物館をつくっている。わが国初のトラックTGEのレプリカモデルをはじめ、数々の関連車両が展示されているばかりか、日本の自動車産業の基礎をつくった幻のエンジニア・星子勇(1884~1944年)の実像に迫る展示物や、戦前、戦時中につくられた航空機の星型エンジンの現物をまぢかで見ることもできる。そのほか、日本のモータリゼーションの歴史を年表とともにわかりやすく追いかける展示物も秀逸だ。
  だが、返す返すも残念なのは、こうした立派な展示物がありながら、図録がつくられていない。ここには数回出掛けてはいるが、最初訪れた時、窓口で「図録、ありますか?」と聞くと「図録って何ですか?」と返され、がっかりした記憶がある。これでは日野自動車への思いがしぼんでしまう!
  この3月に日野自動車では深刻な不正が発覚している。エンジンテストの不十分さや不適切な検査が明らかになった。すでに知られるように、生産エンジン14機種のうち13機種で不正が見つかり、「型式指定」が取り消され、製品を作ることができなくなった。その後8月の再調査で、大型トラックばかりか、小型トラックでも、同様の不正が見つかり、不正発覚以前のわずか4割しかものがつくれなくなった。
  まさに深刻な経営危機状況。愚直なモノづくり立国の日本はどこに行ったのか? 背景には「モノ言えぬ企業体質」「経営陣とモノづくり現場の断絶」などがいわれている。トヨタの子会社化されて約20年、上層部がトヨタの天下り陣容というのもあったようだ。
  整備士コンテストなどを永年取材していくなかで、日野自動車の特異な企業体質をその都度感じてきたが、あらためて思うのが、博物館の図録がつくれなかった。たかが図録と言うなかれ。不正検査と博物館の図録とは、一見つながりがないように思えるかもしれない。でも、わずか大型トラック1台分の経費をケチったことが、その体質を象徴している。多様性の価値を育むことができなかった企業体質が、はからずもこんなところに投影されている。そう思えて仕方がない。

2022年9 月 1日 (木曜日)

キッズエンジニアに見る女子力向上リアル!

スバル4駆模型1

スバル4駆模型2

マツダマフラー1

マツダマフラー2

マツダマフラー3

「かれこれ、7~8年このイベントをおこなっているのですが、女子の参加が目に見えて増えていることに目を見張る思いです!」
こう語るのは、長年スバルで車両開発に携わってきたOB。「キッズエンジニア」(主催は自動車技術会)を取材してふと耳にした現場の声である。たしかにこれまで男性社会だと考えられてきた技術の世界にも多くの女性が活躍している。女子がサイエンスを苦手とするのも思い込みだ。(ちなみに半世紀前の話だが、筆者が卒業した工業高校には全学年でわずか2人しか女子がいなかったが、いまは全体の10%を軽く超えている。それでも世界レベルから見ると低い?)
このイベント、2008年から横浜と名古屋、大阪を会場にして基本、毎年開かれている。が、長引くコロナ禍で、ようやくリアル開催が今年から復活した横浜パシフィコ会場。
小学生を対象にしているせいか、「レベルが低いから取材対象にはならない」とハナから思い込んでいるメディアが少なくないせいか、記者の姿がまばら。たぶんこれは“難しい技術をいかに易しく説明するか?”に関心がないせいだと思う。自慢ではないが、ほかでは類をみない面白いイベントだと見抜いて、かれこれ両の手指ほどの現場に足を運んでいる。
このキッズエンジニア、いずれも10~15名ほどの教室で時間が1時間ほどのワンテーマで進められる。プログラムは全部で20個ほどある。プログラムの提供先は、自動車メーカー、自動車の部品メーカーなど、なかには大学の工学部が子供を対象に、科学への好奇心に火をつけようという試み。狙いは将来の優秀なエンジニアがそだってもらいたいという切なる願いだ。
冒頭のスバルは、「2駆と4駆の違いを模型をつくりことで実感してもらう!」というもの。田宮の工作キットをベースに単三電池2本で駆動するモーターを備えた、ゴムバンド駆動の自動車の模型(写真)。ドライバーさえあれば簡単に組み立て完成するが、初めて工具を持つ小学生(ばかりか付き添いの父母も!)なので、意外と苦労していた。というのは、ナットが供回りしないようにボックスレンチで押さえるコツが要求されるからだ。2駆と4駆の違いはゴムバンド後輪にかけるだけで完成する。めっちゃシンプルな仕掛けなのだが、これを写真のような階段あり砂地ありのいわゆるラフな路面で走らせ、競争させると、思わず身体が熱くなる! ジェンダ―フリーのリアルが見られた!
シンプルと言えば、マツダのプログラムは、さらに面白かった!
ペットボトル、段ボール、紙コップ、タピオカ用太めのストロー、それにティッシュペーパー。ごくごく身近にあるものを使って、マフラーを製作。それを実際マツダ車のマフラー作成で活躍する集音器を使い、チューニング具合をパソコンでリアルにみることができる! そんなプログラムである。ペットボトルが共鳴部(レゾネーター)、段ボールが仕切り板(拡張部)、紙コップが入力の集音部、そしてストローがアウトプットのテール部で、ティッシュが吸音材(本来はグラスウール)というわけだ。いわれてみれば、なるほどだ。
 横には、例のロードスターのリアルなマフラーのカットモデルがあるので、より理解しやすい。筆者の場合、トライアルバイクのくたびれたマフラーを開腹し、なかのグラスウールを新品にしたりした経験が何度もあるので、このイベント他人事には思えない。
 小学生が造り上げたマフラーを集音器で、入力するが、その言葉(排気音)が「ロードスター」と小さく叫ぶことだった! PCに録り込んだ波形を見て、集音器の紙コップを小さくしたり、大きくしたりすることで変化(チューニングの実際)を嬉々として楽しんでいた(写真)。これってすごいよね!

2022年8 月15日 (月曜日)

中国製のピュアEVは、日本で根をおろせるか!?

BYD

  「いつかこの日がやってくるのでは?」
  そんな疑心暗鬼と危機感が日本の自動車業界に滞留していたここ数年。ついに黒船ならぬ、≪赤いEV≫が日本に本格参入を始めた。
  世界第2位のBYDが、来年1月から五月雨式に日本市場投入予定の計3車種をお披露目したのだ。
  来年1月発売予定なのは、5人乗りEV「ATTO3(アットスリー)」(写真)。今年初めすでに中国でも販売していて好評だというSUV。WLTCの航続距離で485km。時速100kmまでの到達時間が7.3秒とかなりなものだ。価格の発表は11月ごろとなるようだが、中国では300万円台で販売されており、補助金が付けば200万円台で手に入る可能性あり。
  来年半ばには、コンパクトカーのEV「DOLPHIN(ドルフィン)」をさらに低価格で販売するという。こちらは電池容量の違いでスタンダードとハイグレードの2タイプがあり、モーターも70KWと150KWの約2倍以上の開きがある。航続距離はそれぞれ386kmと471km。
  3台目は、セダンのEV「SEAL(シール)」で、その意味はアザラシ。ドルフィンともに、インテリアが“海洋美学”をモチーフにしているというから、かなりユニークだ。航続距離は一番長く555km。
  いずれもトヨタのbZ4Xや日産の軽EV「さくら」の間隙を縫う、一番市場規模がでかい真ん中のゾーン。
  じつは、中国のBYDというメーカーは、香港の隣にある中国の深セン市で1995年に創業し始めた携帯電池のメーカー。モトローラなどの携帯大手にリチウムイオン電池を供給するなどで急成長を遂げた。その後国有自動車メーカーを買収し、中国政府のEV推進策の追い風を受けさらに企業規模を広げ、いまではテスラ、トヨタに次ぎ時価総額は世界第3位。
  BYD製の路線バスやフォークリフトなどは、すでに7年ほど前から日本市場に食い込み、今回乗用車の世界に本格参入するというわけだ。
  ところが、よく知られるように日本の自動車市場は、世界の自動車メ-カーが「タフ・マーケット(手強い市場)」と異口同音に評価する。アメリカ車はもとより欧州車すら全体の10%を超えることすらできない。韓国車など、最近敗者復活を狙ってはいるが、10年前に日本市場から退場した苦い記憶がある。
  そこで、BYDは元三菱自動車出身でVWジャパンの社長だった人物を中心に「BYDオートジャパン」という法人を設け、販売とアフターサービスの充実を図るという。2025年までに全国に100社以上の店舗を設けるという(これはアウディの販売店数とほぼ同じ。ちなみにトヨタ系の販売店は約5000店舗もある!)。しかも4年10万キロの車両保証、バッテリーの保証は8年15万キロとして日本市場での信頼性を勝ち取ろうとする。
  それでも、自動車という商品はいかにもブランド力が大きく左右する。香港やウイグルでの人権問題を抱える中国。食品問題でも中国産の食品を拒否する趣向が日本の庶民の間に消えてはいない。日本のユーザーに、チャイナブランドのEVがどこまで浸透できるのか・・・・前途多難、あるいは逆となるか? 動向が注目される。

2022年8 月 1日 (月曜日)

16代目の新型クラウンはマルチ車種で勝負!?

新型クラウン

  「いつかはクラウン」とかつては憧れのクルマだったトヨタのクラウン。半世紀以上も前の1955年(昭和30年)に登場して以来、現行ですでに15代目。長いあいだ50代から60代の旦那グルマの代表でもあったクラウン。だが、セダンの凋落でいまや年間2万台の低空飛行。
  高級車レクサスシリーズもいわゆる富裕層のあいだで定着したことだし、フェイドアウトも頭に浮かぶ。
  ところがトヨタはセドリックをあっさり消し去った日産とは違った。クラウンは、カローラとともにトヨタにとっては看板銘柄以上に強い思いが込められたDNAと考えているらしい。それだけに、16代目の新型クラウンは、伝統のクラウンにどれだけの進化と革新を、曲がり角に立っている自動車の大変革時代にどんなカードを切ってくるのかが、注目だった。果たせるかな、それは・・・・想像を超えた大胆な大変身だった。
  永年頑固に守り続けてきた駆動方式であるFRをかなぐり捨て4WDにするだけではない。簡単に乗り降りできるSUVのクロスオーバー、スポーツSUVのスポーツ、正統派でありショーファーニーズにも対応できるセダン、それにキャンピングカーなどになりそうなエステート、この4タイプを登場させたのだ。かつてクラウンと言えばセダンの代名詞だったが、セダンは一角に存在するにすぎなくなった。“想像力のフラッグシップ!”とばかりコンセプト自体を変えてきたのだ。ちなみにエンジンは2.4と2.5リッター直4気筒でデュアルブースト・ハイブリッドと進化させている。
  半導体不足の影響などでクロスオーバーを今年の秋に販売し、その後1年半にわたりあとの3つのタイプを発売していく予定だという。一度にデビューさせるのではなく、1タイプごとメディアの話題を狙う戦略? 4タイプということは、多様性に対応し、従来の旦那クルマのイメージをかなぐり捨て、勇み足の評価かもしれないが、これってアバンギャルド(前衛)的! 30代40代の比較的若い層と女性ドライバーにも照準を合わせた? けだし、モノづくり側から見ると、形態の数を増やすのは、大振りの三振を防ぐ安全策とも取れなくもない。
  今回のクラウン4タイプ登場させた背景には、もう二つの理由があるとみた。
  2016年からのトヨタ社内カンパニー制の採用で開発速度が向上したのがひとつ、もう一つは新しいモノづくりの基本TNGA(トヨタ・ニューグローバル・アーキテクチャ)の熟成があったといわれる。開発陣は伝統と革新のはざまで苦悶して新型クラウンを生み出したようだ。
  新型クラウンの話題はクルマそのものだけではない。これが4タイプ登場の二つ目。市場をグローバルに拡大したのだ。
  クラウンと言えば、スカイラインや軽自動車同様ながきにわたり国内限定の商品だった。今回の16代目の新型はなんと世界40か国に販売するという。欧州と北米などでベンツ、BMWと戦うクルマに仕上げたということだ。年間販売台数を20万台とふんでいる。世界に足場を備えたトヨタの拡大路線がすかし見える。
  行き過ぎたデザインで当時のセドグロに抜かれた4代目クラウンの苦い記憶がある。だが、日本市場では、トヨタの圧倒的な販売力に物言わせ確実な受注が予想される。海外で新型クラウンのアバンギャルド性にどんな評価が下されるかが早く知りたいものだ。日本での価格は量産効果を背景に400万円台から600万円台と意外とリーズナブル。

2022年7 月15日 (金曜日)

ロシア製乗用車、いまやエアバックもABSも付かず!

ロシアのアウドバズ

  ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まってすでに5か月近くたった。いまのところ、ウクライナ東部をめぐる激しい戦闘が続いている。
  一方、ロシア経済は、アメリカをはじめ西側諸国の経済制裁でじわりじわりとロシア国民の暮らしにも暗い影を落とし始めているといわれる。ロシアの自動車産業も、ここにきて大きく様変わりしつつあるようだ。
  よく言われるようにロシアは、原油や天然ガスなど化石燃料の資源埋蔵量が多く、ロシアにとってエネルギー関連事業を国家の柱と据えているため、モノづくりの企業育成が立ち遅れていた(軍需産業に力を入れすぎたせいだともいえる)。なかでも自動車産業はすそ野の広さが要求される産業のため、人口が1億4400万人のロシアといえども、思うように育てられなかった。その意味ではロシアは自動車後進国。どうしても、海外からの技術に頼らざるを得なかった。
  たとえば、ロシア最大の自動車メーカー「アフトバス」(英語でAvtoVAZ)がある。モスクワから東に約1000キロいった人口69万人のサマラ州トリヤッチ(ボルガ川河畔)に本社を置く企業。もともとは1966年イタリアのフィアットの協力で設立したボルガ自動車工場がそのルーツ。
  1970年代から約30年間にわたりロータリーエンジンを搭載した車両をつくっていたことでも知られるが、冷戦時代ということもあり、ドイツのNSUや日本のマツダにライセンス対価を支払わずに生産を続けていたというからすごい。技術へのリスペクトが感じられないことは、技術立国にはなりえない。
  そのアフトバスが、14年前の2008年からルノー・日産と組んで「ラーダ」という乗用車などを生産していた。ダットサン・ブランドのクルマも生産し、西側諸国や中国、キューバなどにも輸出していたのがつい最近までの話。ところが、今回のウクライナ侵攻で、ルノー・日産も撤退したことから、最新鋭(でもないけど)の自動車技術であるエアバックやABSが入手困難となり、仕方なくいわば1960年代の安全性や環境対応まで後退した車両を生産し始めているという。
  中国のサプライヤーと組めば、難なくエアバックやABS付きのクルマがつくれると思いきや、そう単純ではない。アメリカや西側諸国の制裁が強化され、ますます東西の冷戦時代の様相が深刻化するかもしれないからだ。
  独裁者プーチンの強硬策が続く限り、ロシアのクルマは“枯れた技術満載の自動車”をつくり続けるようだ。

2022年7 月 1日 (金曜日)

真実のアウトバーン建設秘話!

ヒトラーとアウトバーン

  はじめてドイツを訪れたとき、アウトバーンを走るのがひとつの夢だった。
  速度無制限の世界で、全開で走るポルシェやベンツ、BMWたちの姿を眺められる! 名車たちを育みそだてあげるアウトバーンの姿をこの目で確かめられる! そんな図柄を頭に描いていた。ところが、いざ現場に立つと、ふつうの高速道路とあまり変わり映えがしなかった。たぶん、それは・・・・「総延長1万3000キロなので、地域によれば違った景色が展開されている。環境問題もあり、制限速度で縛られる個所もあるようだし…‥」
  よく知られるように、アウトバーンの建設は、第1次世界大戦の敗戦後大不況に陥ったドイツが600万人もの失業者を抱えた。これは人口の約1割に当たる。日本の失業者は現在約188万人だが、人口が当時のドイツの約2倍だから、1930年代のドイツがすさまじい不況が襲いかかっていたことか。
  アウトバーンの建設は、1933年9月、フランクフルトの郊外で起工式がおこなわれた。シャベルを手にしたアドルフ・ヒトラー(1889~1945年)が労働者とともに鍬入れをおこなう模様を宣伝相のゲッペルスがドイツ全土に報じ、プロパガンダ効果を狙った。工事が始まり1年8か月後、フランクフルト―ダルムシュタットをむすぶ22キロの道路が完成。写真はこのときの記念パレードでヒトラーがオープンカーで祝っている様子をとらえている。
  6年後の1939年には当初計画の半分にあたる3300キロが完成。戦争がはじまるとポーランド人の戦争捕虜、ユダヤ人、外国人労働者も多数駆り出されたが、戦況の悪化にともない、1942年に工事はすべて中断されている。
  幅5メートルの中央分離帯を挟んで両側に幅7.5mの本道と1mの側道を備え、1家に一台という国民車(フォルクスワーゲン)が走る予定だったのが、不首尾に終わる。(ドイツのクルマ社会の実現は第2次世界大戦後を待つしかなかった)
  戦時下では飛行機の滑走路に使われたり、ついには自転車道路になりはてたという。軍事的にも、戦車など重量車両の走行には適さなかった。皮肉にもアウトバーンがフル活用されるのは、ヒトラーがこの世から消えてのちの話。
  たしかにヒトラーはクルマの運転こそしなかったが、このアウトバーンの大推進者であったことは間違いない。ところが、発案者であったかというと、NOだ。
  じつは、交差点や信号機のない高速道路構想は、すでに20世紀当初に構想されていて、ヒトラーが首相になる前年の1932年、戦後西ドイツ初代首相となる当時のケルン市長のコンラート・アデナウアー(1876~1967年)がケルン―ホン間全長20キロの開通式を取りおこなっている。おまけに高速道路網の建設法案が1930年に提出されたとき、ヒトラー率いるナチ党はこれを予算の無駄使いとして反対の意思表示をしている。ヒトラーは政権を握ると、こうした経緯がまるでなかったかのように、失業問題の切り札として、アウトバーンの建設を進めたのである。
  以上は、ドイツ近代史の学者・石田勇治著『ヒトラーとナチ・ドイツ』(講談社現代新書)を読んでの受け売りだ。ウクライナ戦争を始めたロシアのプーチンが、「ネオナチを蹴散らすためウクライナに軍事行動を仕掛けた」と世界から見てフェイクの理由付けをしている。これに触発され、ふと手に取った本に思わぬ発見をしたのである。

2022年6 月15日 (水曜日)

どこまで進んでいるの? 日の丸ハイテクの全固体電池!

全固体蓄電池

  「地球上の乗り物をすべてバッテリーEVにすることで、環境問題のゲームチェンジを図る!」 
  これって、もともとディーゼルエンジン車のフェイク試験でミソをつけた欧州車メーカーが、覇権を握りつつあった日本車潰しとグローバルでの主導権奪取を狙った政治的動き。カーボン・ゼロを正義の御旗にした、いわば“横紙破り”の挙だと見えなくもない。そもそも電気をつくるのに化石燃料の石油を使っていたら、だれが見てもインチキだし・・・・。
  これまで自動車に縁がなかった企業も、この戦に参加している構造なので、混乱をきたしている。のちの歴史家になって読み解くと、SDGs(持続可能な開発目標)をめぐる“非情の21世紀の日欧自動車戦争”。そんな妄想に駆り立てられる。
  ともあれオール電化にしろ、電動アシスト(HV)にしろ、高性能な蓄電池が今後の切り札になることは間違いない。いまあるリチウムイオン電池では航続距離、充電時間、それにコストなど多くの課題が山積して、役不足気味!
  だからして待ち望まれているのが、次世代電池の「全固体電池」。BEVの切り札。これこそがゲームチェンジャーにもなりうるキラー技術!
  この全固体電池は、2011年東工大の菅野了次教授(写真)が、全固体電池の基礎技術である“超イオン伝導体”を発見したところから始まった。エネルギー密度と充電時間の短縮が魅力。でも電解液が液体ではなく、“固体”というメッセージが強すぎ、詳細があまり語られていないようだ。
  電解液が固体で、そのなかをリチウムイオン電子が素早い速度で動く。従来あったセパレーターもなくなる。つまり従来のセルで構成されるのではなく、正極、固体電解質、負極、この3つを繰り返し積み重ねて電池を構成できる。セパレーターがないぶん、コンパクトになり、しかもエネルギー密度が従来の2.5倍、充電時間は1/3の素早さというのが圧倒的優位性。固体なので、高温で電解液は蒸発しづらく、低温で凍らない。そのため、高温、低温での使用もできる。
  現在、この日の丸ハイテクの固体電池は、産学合わせてのプロジェクトチームにより実用化に向けてラストスパートがかかっている段階。コストダウンや安全性の確認などの課題に注力されているようだ。
  日本の産業の屋台骨に成長する可能性大に見える。ところが、全固体電池をめぐる特許数ではじつは中国の方が2倍近く多いというのが不安要素。EV車の走行中での非接触充電システムの世界に先駆けた実証実験が、今月から山梨で始まるという。でも、のんびり構えていて気づけば中国が先んじていた! ということになりかねない。今後の動向に注視すべしだ。

2022年6 月 1日 (水曜日)

大型冷凍ウイング車は日本最古乗用車アロー号の流れを汲む!

大型チルドウイング車

アロー号

  ふるい読者なら覚えておいでだろうか? 福岡の博物館に展示している「アロー号」のことを。
  現存する日本最古の手作り乗用車「アロー号」は、1916年(大正5年)24歳の矢野倖一がほとんど一人でつくり上げた4人乗り水冷2気筒サイドバルブエンジン1054㏄を載せたアルミボディの乗用車だ。全長2590mm、全幅1170mm、全高1525mmだから現在の軽自動車のひと回りもふた回りもコンパクト(下の写真)。
  この矢野倖一の流れをくむトラックの架装事業企業が、福岡にある「矢野特殊自動車」である。昭和33年日本初の機械式冷凍車を開発するなど、トラックの架装事業の世界では確固たる地位を占めている。その矢野特殊自動車が、今回横浜で催された「ジャパントラックショー2022」で新製品をお披露目していた。
  それが「新型スーパーチルドウイング車」(上の写真)。
  チルド車というのは、生鮮肉、魚類、乳製品、それに温度管理の困難な医薬品輸送を専門とするトラック。ウイング車というのは、荷室の側面をガバッと上に持ち上げ、フォークリフトなどによるに作業がらくらくできるタイプのトラックだ。昔の算盤と呼ばれるコロを使った人海戦術要素の多い、平積みトラックにくらべウルトラ高効率である。
  トラック自体は日野の大型「プロティア・ハイブリッド」だが、架装を担当したエンジニアに話を聞くと「通常のチルド機能を持つウイング車は温度が+10度C前後ですが、このトラックはチルド機能を謳うだけに+2~8度Cの温度範囲」だという。
  これを実現したのは、「とにかく気密性を高めること。そのためにパッキンを追加したり、床面の形状を冷風が効率よく流れるようにキーストーン形状と呼ばれるギザギザをつけている。それと煽り部分の断熱材をアルミ板をサンドイッチとして両側にスチレンフォームを配しています」。合わせ技で、チルド機能を高めているようだ。「一番の苦労した点ですか? それはパッキンの当たり方の検証でした」という。当たり方ひとつで気密性と温度管理に変化がみられる、というのだ。
  冷風はハイブリッドのモーターで駆動する前後2つのエバポレーターで、温度センサーを複数付け庫内温度の“見える化”を実現しているという。われわれの豊かな暮らしを支えている物流の代表選手である大型トラックの楽屋裏にはこうしたドラマがたっぷり詰まっている。
  ちなみに、この手のチルドウイング車は、行きと帰りで庫内温度が変えられるので、荷物のクオリティの自由度が高い。だから輸送業者から見ると台数を絞ることができ、結果としてウイング車が増加中だという。  

2022年5 月15日 (日曜日)

いまどきのネジメーカーには“ねじガール”がいる!

興津螺旋1

興津螺旋2

  ふと耳を澄ませると、女性にまつわる独特な響きを持つ言葉が流通している。
  山をこよなく愛する女子を称して「山(やま)ガール」、広島カープの女性ファンを称して「カープ女子」、バイク好きの女性を「バイク女子」、あるいは白衣をまとった理系の女史を称して「リケジョ」。
  “これまで男性100%と思われてきた世界に飛び込んだ勇気ある女性”を指す言葉。当事者の女性たちが自らを称して、そう名乗るわけではない。周囲の男どもが羨望と冷やかしの気分が混じって、そう呼んでいるだけ。長く続いてきた“家父長社会のしっぽ”を断ち切れない日本男子の自嘲の思いがにじむ言葉、と言えなくもない!?
  とはいえ、言葉はいつも挑発的。新しい概念を伝えるには、新しい風をまとう必要がある。
  今回取材した静岡にあるネジをつくる専門メーカーには、「ねじガール」が活躍していた。「ねじガール」とは、簡単に言えば男性だけだったネジの製造ラインに女子、それも若い女性が進出し、ある意味旋風を巻き起こしている。
  静岡県清水区興津(おきつ)にある従業員数80名ほどの日本でも有数のねじメーカー「興津螺旋(おきつ・らせん)株式会社」だ。JR東海道線の興津駅から歩いて約15分、国道52号線沿いにある。
  国道52号線といえば、戦国末期から続く甲斐・山梨と駿河(静岡中部)を結ぶ身延道(みのぶどう)がそのルーツである。太平洋の大海原を背景に富士山が雄大にそびえ、景勝地日本平からも遠くない、まさに日本の原風景が広がるのどかな場所に、そのねじメーカーがある。そこで9名ほどの「ねじガール」が奮闘中なのである。
  最近の合理化された工場の例にもれず、一日になんと200万個~300万個という莫大なネジ生産量に比べ工場のスタッフはわずか30名。そのうちの9名、つまり3割が女子なのだ。
  「ねじガール」が誕生したのは、10年前の2012年のこと。はじめは男の世界バリバリのなかで、内心舌打ちし、違和感を伝える古参スタッフもいた。男子に比べ質問の量が多い女子に対し、うまく言葉にできない男子スタッフもいて、職場内に不協和音。でもそれは杞憂だった。やがて女性従業員の仕事に対する熱意が徐々に部内に伝わり、「ねじガール」が文字通り螺旋階段を着実に登るように、社内に新風を吹き込んでいったという。
  これまで気づかなかった感性や着眼点の異なる女性が増えるに従い、オトコ同士のコミュニケーションも活発。「女性には無理」という、これまで訳もなく思い込んでいた思いが単なる思い込みに過ぎなかった。「工場で機械を触るのは男の仕事」という長く続いた固定概念も霧消。「機械に強い人は女性にもいるし、機械に弱い人は男性にもいる」この当たり前の常識が社内に定着した。国公大の工学部出身の女性も、入社してきた。
  そして女性が働きやすい職場は、ひとえに男性にも働きやすい職場と同義語であることに気付いたという。これって難しく聞こえるかもしれないが、ジェンダーフリー。21世紀が目指す社会のひな型!?
  (次回から数回にわたり、“ねじガール”のいる最新の「ねじメーカー」の面白情報をお届けします)

»

▲ページの先頭に戻る

Copyright © 2006-2010 showa-metal .co.,Ltd All Rights Reserved.