永年のご愛読、ありがとうございます。
この号で、とりあえず広田民郎の『知ってますCAR?』を休刊とさせていただきます。
違うカタチでみなさんにメッセージを、お届けできることを願っています。
19世紀中ごろ、ペリーの黒船が江戸湾に来航し、これをきっかけに日本は永い眠りから目覚めたがごとく、近代国家への道を歩んだ。以来≪黒船の来航≫という比喩は、海外からの新しい商品などがやってきて、安定していた市場を瓦解に追い込み、やがては新しい景色を作り出す・・・・。来年1月からの中国製EVの本格参入は、さながら、この黒船来航に匹敵するのだろうか?
「EVの販売台数で世界第2位のBYDは、比較的格安で性能のいいリチウムイオン電池を踏査して、比較的日本市場に受け入れやすいサイズのSUVのEVを投入する!」
字面(じづら)だけを眺めると、いまにも、日本の自動車市場は、中国車に席巻される気がする。だが、落ち着いて調べてみると、そうたやすく日本の自動車タフ市場が瓦解する要素が見当たらないことに気がつく。
ただ、これもEVが自動車という従来の枠のなかで、とどめて置いての考えか、スマートフォンのように、まったくその市場が存在しなかった、いわばスッピン・マーケットでのEVを考えるかにより、まったく違った景色が浮かび上がる。
前者だとすれば、トヨタを頂点にした日本の70年にもわたる自動車の市場形成の積み重ねは、そうそう黒船には崩せないほど頑丈だ。BYDの社長は、2022年6月、「日本に2025年までに100カ所ほどのサービス拠点を構築する」とした。現在、輸入車のシェアが、10%ほどだから、これをEVの追加で20~30%に伸ばそうとするには、100カ所ではとても無理だ。と考えると、ハナからチャイナ自動車企業は、短期間での征服の野心は抱いていないようだ。
EVの価格の高さは、ニッケルやコバルトといった値段の張る貴金属類が入ったバッテリーが主な原因だ。BYDの強みは、こうした高価な金属を使わずにリン酸鉄という安い素材をベースにした「ブラッドバッテリー」といわれるリチウムイオン電池を自社で生産しており、車両そのものも自社での組み付けラインで、トータルでコスト削減を実現しているのが強みだ。この面では、いまのところ、トヨタもホンダも後塵を拝している格好。
後者、つまりスマホのように、これまでの日本にはなかった市場としてEVを想定すると、まったく違ってくる。EVはエンジンを持たないので、極端な話、デカいスーパーマーケットの片隅に、それなりの設備を整えれば、修理ベイを持ったサービス拠点兼販売店を構築できるのではないだろうか? だとしたら、既存のカーディーラーのようなメカニックを要した大掛かりな設備や人員が不要となる。そもそもEVは部品点数が激減するので、故障率も劇的に下がる見込み。こうなると、従来の修理工場は不要となる。
ここまでドラスチックなシチュエーションはたぶん想定していないかもしれない。
日本での総指揮をとっているのが、東福寺厚樹さんという日本人。この人物、もともと三菱自動車で販売を担当し、そののちVWで販売部長として汗を流した男。厳しい言い方だが、実力は未知数だ。BYDのトップなら、トヨタの販売のトップをヘッドハンティングして日本市場で大暴れさせたかったのではないだろうか? まったく異なる風景となる次世代のカービジネスを想定すれば、日本にもかならずや漲るほどの野心と実力のあるカーガイ(自動車野郎)がいるはずだ。こう考えるのは、夢幻だろうか?
「日本のモノづくりが弱くなった」といわれ続けずいぶんな時間がたつ。
高度成長経済で満開になった日本の製造業は、その後発展途上国の追い上げと国際間の貿易などいろいろな要素で、揺さぶられ、かつてのゆるぎない自信が揺らぎ始めているかに見える。
そもそも「モノづくり」とは何かを考える。
作ったものがバンバン売れれば、人は考える余裕は生まれにくいが、大きな壁にぶち当たると人は立ち止まり、そして考えざるを得ない。いいものを、つまり量産型でだれもが買いたい、欲しい、あるいは使いたいものをどんどん作り、売れれば、モノづくりはとりあえず大成功! というわけではない。“売り手よし、買い手よし、世間良し”というそんな単純なものではない。
そこには、大げさに言えば哲学があり、従来製品よりも付加価値が高いものを作り出すことが、目指すべきモノづくり。そんなふうに、ととりあえず結論付けたい。
先日、名古屋のリビルト工場を取材したところ、そのことを裏付ける現場を見ることができた。名古屋市のほぼ中心に位置する(株)昭和(www.Turbo.com)。
創業当時から燃料噴射ポンプとターボチャ―ジャー、この2つのクルマの補器に特化した再生工場である。リビルト、リマニファクチャリングなどさまざまな言葉で呼ばれる機能部品の再生事業は、リサイクル精神の代表選手として、ここ10年~20年のあいだで、急速に知る人ぞ知る存在となってきつつある。
故障して不具合となった高価な機能部品を、一度全部バラシ、悪いところの小部品を新品パーツにリプレースし、ふたたび組み直し、最後に品質テストで完成するという流れ。コトバでいうのはごくごく楽チンだが、その部品への幅広い知識、高いスキル、部品の手配など一朝一夕には獲得できないノウハウが詰まっている。
たとえば半世紀前につくられたディーゼル機関車のボッシュ製列型噴射ポンプも新品同然にしてしまうし、最新の欧州のスポーツカーに採用される電動モーターによるアクチュエーター付きボルグワーナー製ターボチャージャーも、再生してしまう。ターボチャージャーの再生では、1/1000グラム単位でのバランス取りがおこなわれる。専用のバランサーにかけどの部位に、どれだけリューターで削るか、で仕上げていく。インジェクターの再生では失くしそうな小さなピン、鉛筆の軸ほどの極小のスプリングの1個1個を緻密にバラシ、目視で異常がないかを見て、再組立てし、噴射量を専用テスターで測定する。
こうした作業の精密さは、作業台に整理整頓されたハンドツールを見ただけでピンとくる。使い込んだ工具は、まさに手の延長。ベテランスタッフの動きを眺めていたら、なんだか、機械と対話している空気感がただよっていた。
カラー刷りの美術全集などと同じ大型サイズの絵本だ。
絵本だからといって高をくくってはいけない。目次や奥付を含めても70ページにも満たないが、300万点ともいえる複雑な機械、その機械が人間にもたらす喜びや楽しさを瞬間的に理解させるだけのチカラを秘めた印刷物だ。
本の良し悪しをはかるのは、「内容」と「表現」、この2つである。とすれば、この本は、見事にこの二つを十二分に果たしている。
目次を見ると・・・・・・「馬のチカラが自力へ」から始まり、「パイオニア時代の自動車」「華麗なる車体」「自動車旅行」「大量生産」「美しいボディスタイル」「街を走る小型車」「アメリカのドリームカー」「レーシングカー」・・・・と19世紀にはじまった馬車なしクルマの登場から、T型フォードで大量生産、それによる人々の暮らしにいかに自動車が広がりを見せ、クルマ自体が生活を彩ったか・・・・そんな歴史と社会的な背景を美しい写真で展開。
“機能美”という言葉があるが、まさにクルマの内部、たとえばエンジンやシャシーの構成部品をこんなにも美しく見せてくれるおかげで、自動車そのものが機能美にあふれていることに気付かせてくれる。
添えられている文章もよく洗練されたやさしい間違いのない日本語で語りかける。
「警報器」のページを眺めると、プオッ~ッとかブ~ッといったどこか気の抜けたホーンの音が時代の空気と一緒に耳に入ってくる気がする。「エンジンの内部」の見開きページを見つめるうちに、まるで自分が一寸法師になってエンジンのなかに紛れ込み、その動きを眺めている気分になる感じ。べたつくオイルが纏わりつきそうな「駆動系」のページでは、ギアのギザギザを指で触り、使用済みギアオイルの嫌な臭いを確かめる気になる。
なぜ、クルマは動くのか? なぜクルマは曲がれるのか? なぜクルマは止まれるのか? そんな疑問からスタートして、この本を手に取ると、そうした煩瑣な雑音が流れるように消えてクルマという存在がファンタジーとなる。ふと、機械嫌いな友人にこの本を見せたらどんな反応をするのか? そんなイタズラ心が湧いてくる本でもある。著者のリチャード・サットンという人物、調べてみるとカナダのコンピューターの科学者で、MIT(マサチューセッツ工科大学)とスタンフォード大学を卒業したDEEP MINDの研究家だともいう。子供から大人まで夢中にさせる、こんな素敵な本に通底する頭脳の内容を知りたい。(1991年11月刊)
今回取り上げるのは、アストロプロダクツ製のコンビネーションレンチ12mmである。
ごく近く、自転車で15分、以前にはコンビニが入っていた幹線道路の脇にアストロプロダクツがオープンした。
台湾製を中心にしたハンドツールで、ここ数年ぐんぐん店舗数が増え、ごくごく身近になった工具屋さんである。とにかく、アストロプロダクツは、安くて品質もそこそこ、というのが受けている理由だ。
かつてヤナセで長年メカニックとして活躍していた友人が、バイク屋さんをオープンするにあたり急いで揃えた工具や機器類はほとんどすべてアストロプロダクツと聞いて、思わず「へ~っ!」と驚いたことがある。あれから10数年たつが、インパクトレンチに不具合があった、あるいは作業台に据え付けて使う万力(バイス)の塗料がはがれたり、鋳物本体の出来が良くなくガタが初めからあった。そんな多少の不満があったようだが、あらためて聞いてみると「意外と信頼性もそこそこで、コスパが高くていいと思いますね」という答え。
このあたりに、アストロプロダクツのビジネスの極意があるのかもしれない。
そんななか、アストロの企業案内をチェックしてみたら、面白い記事に出会った。TOP MESSAGE(トップメッセージ)と称して、いまの時代、まさに工具ブームであり、「女性がバッグを選ぶように、男性が工具を選ぶ時代」だというのだ。その背景には、3つの理由をあげている。ひとつは、完全週休2日制で「ゆとりの時代」だから。2つ目の理由は「コストパフォーマンスに優れた工具の登場」。そして3つ目が「ファッション性が高く、眺めているだけで楽しくなる美しいデザイン」。
なるほど、アストロプロダクツのコンセプトは、かなりいいセンをいっている。ネットでも、近くのリアルショップでも購入できるとなれば、とりあえず鬼に金棒!? …‥あとは、ブランド力である。伝説に裏打ちされたブランド力が必要となる。
あらためて12mmのコンビレンチを身体検査して眺めてみると、じつによくできた製品だ、と思う。税込み528円。見た目のあまり変わりないスナップオンがAMAZON調べで6389円だから、なんと1/12の超お手軽価格。この価格差をどう読み解くのか? あまりの落差にただボーゼンとするだけだ。
2006年からスタートした『知ってますCAR?』は、12年前ひとつの区切りとして“単行本”となりました。
写真の10th Anniversary Platinum Edition from 2006 『知ってますCAR?』がそれ。
この10年まとめてのプレミアム版は、「自動車メーカーやタイヤにかかわる人たちにフォーカスしたヒストリー」「その時々の時代を画したHOT NEWS」それに「使って便利、持っていてうれしいハンドツールのあれこれ」、この3つの超ハイライト記事を網羅しています。
たとえば、ヒストリーのバージョンでは“T型フォードの謎”“トヨタ自動車のルーツを探る”“知られざるダット号の橋本増冶郎”“現存する手作り日本初期の乗用車アロー号”“スバル360と百瀬晋六物語”“世界のブランドBSは足袋作りから始まった”“ミスターKこと片山豊とフェアレディ”など、読んだ面白い自動車物語がずらり。
2つめのHOT NEWSには、現在につながる様々なクルマニュース、部品をめぐる面白ニュースがずらり。いま読んでも、あたらしい発見があるハズ。そしてハンドツールは、手の延長上にある製品だけに、まるで初めての楽器選びをするときのようなワクワク感満載の記事が展開。読めば読むほど工具選びの知恵などが、伝授される。
2段組み、総ページ280ページの『知ってますCAR?』を希望の読者は下記の要領で、プレゼントいたします。
応募要領
●応募先;(有)昭和メタル 「ツールバッグ・プレゼント」係
昭和メタルのホームページよりお応募ください。
https://showa-metal.jp/inquiry_contact2019-001/
●締め切り;2023年2月20日
一時は日産の復活劇の立役者として、カーガイ(自動車野郎)として名をはせたカルロス・ゴーンさんも、東京拘置所の鉄格子から抜け出し、いまや逃亡生活者。これってやはりドラマチック!
世界最大の自動車メーカーGMの創業者・ウイリアム・デュラント(1861~1947年)も、すでに1世紀前のことだが、ゴーンさん以上の“壮絶なるダイハード人生”を送った。カービジネスは、誤解を承知で言えば、成功すれば巨大な利益が転がり込むが、ひとつ間違えば無間地獄!
そんなとき、何気なく経済記事を読んでいたら、「ステランティス」という自動車メーカーの記事が目に入った。
長年クルマの記事を書いているモノとして、おおいなる迂闊。ここはパンデミックがもたらす思考停止が災いした、と弁解するしかない。
フランスのPSA(プジョーとシトロエングループ)とフィアットとクライスラーのグループFCAが2021年1月に統合され、「ステランティス」という名称になっていたのだ。本部はオランダのホープトドルプだ。Stellantisとはラテン語の動詞stelloからの由来で「星で明るくなる」という意味だそうだ。CEOが1958年生まれのカルロス・タバレス。
日本での統合された新会社「ステランティスジャパン」(本社:目黒区碑文谷)の発足は今年2022年3月からだ。
カルロスといえば、すぐカルロス・ゴーンが頭に浮かぶが、こちらのカルロス・タバレスは、ポルトガルのリスボン生まれのパリ育ちの元エンジニアだという。
調べてみると、こちらのカルロスさんの父親は会計士。母親はフランス語の元教師。14歳のときからクルマのレースに夢中になり、1981年24歳でパリにある「エコール・セントラル・パリ」という学校を卒業し、ルノーに入社、メガーヌのディレクターとして腕を振るったという。
そして、興味深いところだが2004年~2011年の7年ほど日本にいて、ゴーンさんの片腕として活躍している。その後、2011年にルノーに戻り、ドイツのオペルの再建に辣腕を振るいPSAのCEOの立場で、昨年できたステランティスを率いるトップに立った。
ステランティスが扱う車種は多い。アルファロメオ、シトロエン、フィアット、アバルト、プジョー、DSオートモビル、JEEPなどだ。企業規模でいえば、トヨタ、VW,ルノー・日産・三菱連合に次いで世界第4位のポジションだ。
カルロス・タバレス氏は早くも、EVに主軸を移した生産販売宣言を唱えている。なんと、2030年には世界で年500万台のEVを世に送り出すというのだ。とくに欧州での販売比率は、EVオンリーでの戦略だという。有言実行のカーガイという噂だけに、今後のカルロス・タバレスの力量が注目される。
ふと歩行者の立場で、幹線道路をガンガン走る自動車の群れを眺めることがある。すると、自動車という乗り物がいかに危険に満ちている存在だということを再認識させられる。
なにしろ、1トン以上もある“鉄の塊”を時速40キロ、ときには時速100キロ以上で走らせているのだから、理屈を超えた恐怖を覚える。安全ルールのうえで走るとはいえ、もともと知らない者同士のドライバー。ひとつ間違えば大事故となる。
いくら先進技術のぶつからないクルマを作りえても、ほかのクルマに“ぶつけられる”わけで、そう考えると、無事故ゼロの時代が来るのは、見果てぬ夢!? クルマの安全に携わるエンジニアは、この事実を見つめ愚直に長い時間仕事に取り組んできた人たちだ。だからこそ、ここ20年30年でクルマの安全性は飛躍的に高くなった。
その役目を担っている大きな存在が、NCAPだ。新車安全性の評価を星の数で分かりやすく提示するプログラムだ。
始まりは25年前のユーロNCAP(本部はベルギー)。日本、韓国、中国、東南アジアなどに広がり、ユーザーが新車を手に入れるさいに、ひとつの大きな判断材料を与えている。自動車メーカー同士の切磋琢磨にも大いに役立っている。
その国際会議が、先日都内で開かれた。パンデミックの影響で3年ぶりの開催だ。
ユーロNCAPのアンドレ・シーク(ドイツ人)のレクチャーと発言が注目された。
「数年前から懸念されていた衝突事故での車内での乗員同士の頭部がぶつかることでの重症化。これをどう防ぐかを議論し、その対策を講じていれば加点している。それと歩行者やサイクリスト、それにバイクのライダーと乗用車の絡み事故。いろいろなシチュエーションで、たとえば歩行者なら交差点でクルマと同方向に動いているとき、クルマのセンサーが幅広い角度で、確実にその歩行者をとらえられるかなどです」
なるほど。ではヒューマンエラーの対応策は? つまり、ドライバーのよそ見や居眠り運転による事故を防ぐため、ドライバーの動きをモニターする仕掛けがあるのか?
「そこなのですが、意外とこれが難しい。目の開閉で判断する場合、人種により瞼が閉じ気味の人がいる。それによそ見の場合、フクロウタイプとトカゲタイプの2タイプがある。前者のフクロウは、身体全体を動かす。後者のトカゲタイプは目だけを動かすケース。この両タイプを見逃さず、しっかりカバーしないとダメなんです」
意外だったのは、日本で頻発しているペダルの踏み間違いによる暴走事故。MT車が多い欧州では数が少ないが、それでもこれを防ぐ誤発信防止装置付きの場合、欧州でも加点されるという。
クルマのアクティブセーフティもパッシブセーフティも、いわばモグラ叩きみたいなもので、人間の行動工学、物理学、力学などを総動員して展開されている。
リモートでの会議では、チャイナNCAPのスタッフから、中国のユーザーのなかにはせっかく取り付けられた安全装置、たとえば車線逸脱防止装置を雑音としてキャンセルしてしまうドライバーもいるという報告。いかにも中国だと思いきや・・・・かつて日本でも、シートベルト義務化のとき、煩わしいとして付けないドライバーがいたのと似ている?! 啓蒙活動も必要なのだ。
なお、一番の注目は、この世界のクルマの安全アセスメントをリードするユーロNCAPの評価方法(レーティング法)が、4年後の2026年からフルチェンジされる点。従来、「大人の乗員」、「子供の乗員」、「歩行者」、それにシートベルト・リマインダーなどの「安全装置」、この4つの積算(実際には対数を使い複雑だが)で評価された。
これが、「安全運転指数」「衝突回避」「クラッシュ防御」それに「衝突後の安全確保」の4つの箱で、評価されることになるという。障害予防の分野でポピュラーに使われているハドン・マトリックスのパラダイム。おそらく、これまでアメリカのIIHS(ハイウエイ安全保険協会)とNCAPは少し乖離していたところがあった。評価基準を近づけることで、グローバルでよりやすくしていくというのが狙いらしい。アンドレさんは、「あまり大きく変わらないようにしたい」というが、これからの電動化、自動運転化に向け、クルマの安全評価も大きな曲がり角に来ているといえる。
「エンジンの燃焼室のカタチは、18歳の女性のおっぱいのカタチが理想的なんですヨ‥‥」
えっ、そ・そんな! いまから20年ほど前のこと。横浜の大黒町にあったエンジン開発研究所の担当者は、エンジンダイナモがごうごうと稼働している脇で、いきなりの説明。エンジン、いわば鉄のカタマリで構成される精密な構成物にからだの一部とはいえ、生々しい女性の裸を連想させるいきなりの表現に、ココロが10メートルぐらい天空に飛び上がった気分になった。エンジニアの林義正さんには、その後数回インタビューした覚えがあるが、初回の先生の比喩がいまでも頭にこびりついている。
4バルブエンジンの燃焼室は、ペントルーフ型。日本語であえて言えば、切妻屋根型。高い馬力を出すため、できるだけ多くの空気を吸い込み、できるだけ燃焼時間を短くし、エンジン各部のフリクションロスを少なくすること。この3つである。
4バルブエンジンは「できるだけ多くの空気を吸い込む」ためだし、そのための燃焼室形状は必然的にペントルーフ型になる。この燃焼室形状は、もともとフランスのプジョー社が発明し、およそ110年前インディアナポリスのカーレースで採用された。だから何も林先生の発明ではないが、その鮮烈でユニークな説明はまちがいなく“林先生の発明”である。
林先生は、日産のエリート的エンジニアのなかではかなりユニークな人物だった。ルマン24時間に向けたエンジンをはじめレーシングエンジン畑を歩んできており、最初のインタビューはこのルマン・エンジンをめぐるものだったが、ルマンのコースをシミュレーションするモニター画面を見ながらエンジンダイナモで負荷をかけている当時としては珍しかった開発現場を取材した。でも、あまりの表現でそのほかのことは覚えていない。
林先生は、ライフルはじめ銃の研究者でもあり、文字通り好奇心は世の中の神羅万象に及ぶ、そんな人物と見えた。だからこそ、いまではセクハラめいた絶妙な譬えで、のち東海大学工学部で謦咳に触れた学生の心をとらえた授業を展開したに違いない。
理想のエンジンの条件その2つ目の、「できるだけ急速に燃焼させたい」という項目を具現化するため、林先生は、日産エンジン開発の現役のころ、Z型エンジンを開発している。日産が1970年代後半から90年代終わりにかけ、長年製造してきたツインプラグエンジンだ。1カム4バルブタイプのエンジンで、その後CA型が後継エンジンとなり、ツインプラグは引き継がれた。
このCA18Sというエンジンが載ったスライドドアのプレーリーを2年ほど愛用していた(トライアルバイクを載せるために中古車で手に入れた)。
想像してもらうとわかるが、限られたエンジンルームに収まり横置きエンジンのスパークプラグを交換する段になると、かなり大変だった。林先生にこのことをやんわり説明すると、さほどおどろいた顔ではなかった。たぶん、同じ質問に飽きていたのかもしれないし、そうしたメンテ上の不具合さをはるかに超えた有効性というか合理的理由がツインプラグにはあると信じておられたのかもしれない。
それに林先生には直接関係はないが、その当時のプレーリーにはボディの致命的欠陥があった。スライドドアを支持するボディ剛性が弱く、ときどきスライドドアがレールから外れるのだ。そのほかにもこのクルマには、日本車にはあまり見られないマイナーな不具合、たとえばステアリングホイールの外皮が内芯との接着がはがれ、ブカブカになる。そこで、カッターで樹脂製の外皮に切れ目を入れ、そこから接着剤を流し込んで何とか凌いだ。
そんなこんなで、このプレーリーは自動車ジャーナリストには、いろいろ面白い話題を提供してくれた。(普通のユーザーなら二度と日産車には手を出さない決意を固めるだろうが!?)
この本は、「クルマの肝」と謳いながら9割はエンジンの話である。もともとクルマ雑誌に連載していた読者に質問にこたえるかたちの誌面を再編集したもの。たとえばそもそもの化石燃料を燃やして力を得るエンジンを詳細に解説してくれたり、レースエンジンと市販車エンジンの違いを懇切丁寧にレクチャーしてくれる。エンジンオイルをめぐるメンテナンスの話にもおよぶ。
やや古い話題もないわけではないが、いま大きな岐路に立たされているエンジンに携わってきたエンジニアの生々しい声を聴く本としては、格好の一冊だ。(2006年4月刊)
いつものホームセンターに久しぶりに足を踏み入れたところ、面白いドライバーにぶつかった。
ブラック基調に緑色をあしらった、ごつい感じのグリップを持つ貫通ドライバーだ。このカラーリングは? はてさてと頭をめぐらしたら、すぐ分かった。
大阪にあるファブレス、つまり工場を持たない工具屋さん「㈱エンジニア」の製品だ。エンジニアといえば、例のアタマが舐めた小ねじの頭部をしっかり捕まえ回す、困ったときのお助けプライヤー。工具業界の一角を画した「ネジザウルス」をデビューさせ、日本中に広めた企業だ。
数年まえヘキサゴンボルトのお助けツールを登場させたと思ったら、今度は貫通ドライバーのニューフェイスを登場させてきたということのようだ。
さっそく購入し、あれこれテストしてみた。価格は税込み1848円と通常の貫通ドライバーに比べ2倍だ。2倍もの価値があるのか? というのが今回の関心事だ。
まず、メジャー、ノギスそれにクッキング用の秤を使った身体測定。そこで、驚いたのは全長220mmとごくごく標準的な寸法だが、重量が177gというのはこれまでテストした10数種類のプラス2番の貫通ドライバーのなかでは飛びぬけて重い。一番軽いもの(アネックスのウッド)だと113g。つまり1.5倍の計算だ。通常120~130gのなかにある。従来の製品にくらべ2~3割がたも重い勘定。
これはグリップが他の製品に比べひと回り大きいためだ。理由はそれだけではない。軸自体が差し込みタイプなので、軸ブレを抑制するため通常よりも支持剛性を高めており、それが重量増に響いているようだ。おかげで軸のブレ(遊び)が抑制されていて好印象だ。ちなみに、軸がグリップに埋没する長さは33mmだ。つまり手持ちの1/4インチの軸を使うときは、最低でも50mm長のものでないと使えない。
やや重いのでは? という危惧については、実際使ってみると、このずっしり重い感覚がプラスに働いていることが判明した。同じネジを複数回すとなると、ドライバーの重さが気になるが、一発でねじを緩めるとかする場合は、むしろこれくらいの重さがあった方がしっくりくる(個人的な感想だが)。
最後に、廃油で濡れた手でドライバーを回す、そんなことを想定した“意地悪テスト”をしてみた。大多数のドライバーは樹脂製グリップなので、たわいもなく空転して使い物にならない感じとなるモーレツに意地悪度の高いテストだ。
ところが、このネジザウルスのドライバーは、かなりの高得点なのだ。グリップ感が高い。その理由は、機動戦士ガンダムを思わせるゴツゴツしたデザインだということが手で触ると理解できる。硬い樹脂とやわらない樹脂の2つを巧妙にデザインするだけでなく、細かな凹凸やでっぱりを付けている。
しかもエンド部は丸断面に近く軸近くはほぼ長方形断面とし、その境にはまるでクビレのような大きな凹みをつけている。こうした人間工学的デザインを取り込んだ結果のようだ。
ふたたび、冷静にこのドライバーを握ると、やはり重さが気になった。たぶん非力な女性だと持てあます感じになるのではないだろうか? 元祖ネジザウルスは、女性ファンも取り込んだと聞いたことがあるが、矛盾を含むいい方にはなるが、女性に受けるためには軽量化への努力が求められる。
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