子供のころまったく勉学に励むことのなかった筆者には、図書館は無用の長物だった。いまでは来館者が直接本に触れて、本選びができる開架式が主流だが、当時は、金網の向こうにずっしりと蔵書が並ぶ閉架式。いくら魅力的な本であろうと、その魅力は金網越しでは子供の心に伝わらなかった。子供と本の距離は遠のくばかり。
そんな昔の恨みを晴らそうと、先日、近くの子供図書館に足を踏み入れたら、偶然一冊の絵本に遭遇した。『じどうしゃ』というタイトルの絵だけの絵本(10ヶ月~2歳向け)。1966年に福音館書店から出て1986年時点で45刷りというロングセラー。筆者の寺島龍一さん(1918~2001年)はエキゾチックな女性像で知られた著名な洋画家。調べると、トールキンの「指輪物語」や「ホビットの冒険」、スティーブンソンの「宝島」などの挿絵だけでなく、船や鉄道、航空機など機械モノへの関心も高かった画家だ。
この16ページの文字なし絵本の主人公は、“スバル360”。この小さなクルマが最初は赤いコロナの後ろを走っているが、ページをめくるたびにタンクローリーやトラックなど前のクルマをグングン追い越し、やがて信号待ちで停まる。でも赤信号では、後からきた緊急車両の消防車とパトカーが、交差点を越え去っていく。停止線で2台の緊急車両のテールランプを眺めるスバル360。それだけの物語。でもそれ以上の想像の翼が広がる絵本でもある。高度経済成長がはじまりかけた日本。その中心にいたスバル360が身長180センチという当時としては異例のノッポの男が開発に携わっていた事はあまり知られていない。そのナゾを追いかけてみたい。