19世紀中ごろ、ペリーの黒船が江戸湾に来航し、これをきっかけに日本は永い眠りから目覚めたがごとく、近代国家への道を歩んだ。以来≪黒船の来航≫という比喩は、海外からの新しい商品などがやってきて、安定していた市場を瓦解に追い込み、やがては新しい景色を作り出す・・・・。来年1月からの中国製EVの本格参入は、さながら、この黒船来航に匹敵するのだろうか?
「EVの販売台数で世界第2位のBYDは、比較的格安で性能のいいリチウムイオン電池を踏査して、比較的日本市場に受け入れやすいサイズのSUVのEVを投入する!」
字面(じづら)だけを眺めると、いまにも、日本の自動車市場は、中国車に席巻される気がする。だが、落ち着いて調べてみると、そうたやすく日本の自動車タフ市場が瓦解する要素が見当たらないことに気がつく。
ただ、これもEVが自動車という従来の枠のなかで、とどめて置いての考えか、スマートフォンのように、まったくその市場が存在しなかった、いわばスッピン・マーケットでのEVを考えるかにより、まったく違った景色が浮かび上がる。
前者だとすれば、トヨタを頂点にした日本の70年にもわたる自動車の市場形成の積み重ねは、そうそう黒船には崩せないほど頑丈だ。BYDの社長は、2022年6月、「日本に2025年までに100カ所ほどのサービス拠点を構築する」とした。現在、輸入車のシェアが、10%ほどだから、これをEVの追加で20~30%に伸ばそうとするには、100カ所ではとても無理だ。と考えると、ハナからチャイナ自動車企業は、短期間での征服の野心は抱いていないようだ。
EVの価格の高さは、ニッケルやコバルトといった値段の張る貴金属類が入ったバッテリーが主な原因だ。BYDの強みは、こうした高価な金属を使わずにリン酸鉄という安い素材をベースにした「ブラッドバッテリー」といわれるリチウムイオン電池を自社で生産しており、車両そのものも自社での組み付けラインで、トータルでコスト削減を実現しているのが強みだ。この面では、いまのところ、トヨタもホンダも後塵を拝している格好。
後者、つまりスマホのように、これまでの日本にはなかった市場としてEVを想定すると、まったく違ってくる。EVはエンジンを持たないので、極端な話、デカいスーパーマーケットの片隅に、それなりの設備を整えれば、修理ベイを持ったサービス拠点兼販売店を構築できるのではないだろうか? だとしたら、既存のカーディーラーのようなメカニックを要した大掛かりな設備や人員が不要となる。そもそもEVは部品点数が激減するので、故障率も劇的に下がる見込み。こうなると、従来の修理工場は不要となる。
ここまでドラスチックなシチュエーションはたぶん想定していないかもしれない。
日本での総指揮をとっているのが、東福寺厚樹さんという日本人。この人物、もともと三菱自動車で販売を担当し、そののちVWで販売部長として汗を流した男。厳しい言い方だが、実力は未知数だ。BYDのトップなら、トヨタの販売のトップをヘッドハンティングして日本市場で大暴れさせたかったのではないだろうか? まったく異なる風景となる次世代のカービジネスを想定すれば、日本にもかならずや漲るほどの野心と実力のあるカーガイ(自動車野郎)がいるはずだ。こう考えるのは、夢幻だろうか?