「日本のモノづくりが弱くなった」といわれ続けずいぶんな時間がたつ。
高度成長経済で満開になった日本の製造業は、その後発展途上国の追い上げと国際間の貿易などいろいろな要素で、揺さぶられ、かつてのゆるぎない自信が揺らぎ始めているかに見える。
そもそも「モノづくり」とは何かを考える。
作ったものがバンバン売れれば、人は考える余裕は生まれにくいが、大きな壁にぶち当たると人は立ち止まり、そして考えざるを得ない。いいものを、つまり量産型でだれもが買いたい、欲しい、あるいは使いたいものをどんどん作り、売れれば、モノづくりはとりあえず大成功! というわけではない。“売り手よし、買い手よし、世間良し”というそんな単純なものではない。
そこには、大げさに言えば哲学があり、従来製品よりも付加価値が高いものを作り出すことが、目指すべきモノづくり。そんなふうに、ととりあえず結論付けたい。
先日、名古屋のリビルト工場を取材したところ、そのことを裏付ける現場を見ることができた。名古屋市のほぼ中心に位置する(株)昭和(www.Turbo.com)。
創業当時から燃料噴射ポンプとターボチャ―ジャー、この2つのクルマの補器に特化した再生工場である。リビルト、リマニファクチャリングなどさまざまな言葉で呼ばれる機能部品の再生事業は、リサイクル精神の代表選手として、ここ10年~20年のあいだで、急速に知る人ぞ知る存在となってきつつある。
故障して不具合となった高価な機能部品を、一度全部バラシ、悪いところの小部品を新品パーツにリプレースし、ふたたび組み直し、最後に品質テストで完成するという流れ。コトバでいうのはごくごく楽チンだが、その部品への幅広い知識、高いスキル、部品の手配など一朝一夕には獲得できないノウハウが詰まっている。
たとえば半世紀前につくられたディーゼル機関車のボッシュ製列型噴射ポンプも新品同然にしてしまうし、最新の欧州のスポーツカーに採用される電動モーターによるアクチュエーター付きボルグワーナー製ターボチャージャーも、再生してしまう。ターボチャージャーの再生では、1/1000グラム単位でのバランス取りがおこなわれる。専用のバランサーにかけどの部位に、どれだけリューターで削るか、で仕上げていく。インジェクターの再生では失くしそうな小さなピン、鉛筆の軸ほどの極小のスプリングの1個1個を緻密にバラシ、目視で異常がないかを見て、再組立てし、噴射量を専用テスターで測定する。
こうした作業の精密さは、作業台に整理整頓されたハンドツールを見ただけでピンとくる。使い込んだ工具は、まさに手の延長。ベテランスタッフの動きを眺めていたら、なんだか、機械と対話している空気感がただよっていた。