「渋滞はむしろ車内での会話を盛り上げる特効薬となることも!」 かつてそんなマイナス現象をプラスと見なす考え方があることにたまげたものだ。そうした車内をリビングと取り違えているドライバーは別にして、渋滞はやはり交通の自己矛盾だ。経済活動のマイナスにもなっている。燃費悪化でSDGS(持続可能な開発目標)にも背を向けることになる。
タイム・イズ・マネーでいち早く目的地に着きたいのに、交通渋滞で無駄な時間が覆いかぶさってきて、その日の計画が台無しということもある。渋滞の解消は、見果てぬ夢なのか?
そこでコロナ禍で渋滞具合はどう変化したのか? TOMTOM(トムトム)というオランダ・アムステルダムに本社を置くロケーションIT企業の昨年2021年度版の渋滞調査が公表された。世界58か国404都市における緻密なデータだけにかなり信頼がおける。
それによると、世界の主要都市の渋滞具合は、コロナ禍とそれ以前で意外と大きな変化がある場合と、逆にさほど大きな変化が起きていないところの濃淡が比較的顕著に表れた。
たとえば、世界で一番の渋滞する都市イスタンブール(トルコ)などは、コロナ禍前の2019年は渋滞率55%だったのが、昨年2021年では62%と7%もアップしている。ちなみに、“渋滞率”というのは、年間を通じてドライバーが余分な運転時間を費やした時間。たとえば、空いていれば30分で着けるところ50%の渋滞率なら45分もかかるということだ。同じくランキング第2位のモスクワは59%から61%とわずか2%の増加。
東京は、渋滞世界ランキング第17位だが、42%→43%、大阪は34位だが、36%→36%と2年前と同じ。パリはコロナ禍前から4%アップした35%。ロンドンは2%アップの33%。LAは6%アップの33%。日本の主要都市を含め先進国は、コロナ禍よりは渋滞率が高くはなっているが、小幅に落ち着いている。
これはたぶん、多くの人が公共交通機関の利用を控えマイカーでの移動を優先した分渋滞が増加したものの、渋滞緩和要素があったから。渋滞緩和要素としては、リモートワークの時間が増加し、自宅時間が増加した点。それに日本のように都市間距離が短い場合、自転車やオートバイ、スクーターでの出勤に切り替えたサラリーマンが増えたことも、渋滞緩和に貢献。ちなみにLAでは移動距離が長いので、自転車やバイクは使いづらい。
発展途上国では、例外こそあるが移動の選択肢が狭いこととリモートでの業務移行があまりなされなかったことで、渋滞が顕著に増えたのではないかと類推できる。
例外というのは、ムンバイやベンガルールなど渋滞ワースト10に入るインドの2都市は、2年前より渋滞率が10%以上ダウンしている都市もある。この背景は過酷なコロナ禍で、長きにわたり都市機能の停止を余儀なくされたからだ。
いずれにしろ、パンデミックが未曽有の都市交通に暗くて大きな影を及ぼしていることは確かだ。
(写真はフォードT型がアメリカを席巻した1920年のマンハッタン。世界初の渋滞風景?)
森羅万象の事象が掲載されている百科辞書のなかにも、意外と知らない言葉や出来事が見落とされている。それと同じで、完璧と思われる“自動車の整備書”のなかにもスポっと抜け落ちた項目がある。
さしずめ、エンジンマウントの交換は、その代表例だといえる。
先日、若い読者Y君からのメールで、「ぼくの19年目を迎えたマークⅡ。走行12万3000kmなんですが、思い切ってエンジンマウント2個とT/Mマウント1個を交換しました」と伝えてきた。「おかげで始動時のブルッという震えが消え、アイドリング時にステアリングに伝わる振動がずいぶん軽減されました。加速時のざらついた振動もほぼなくなり、直列6気筒のスムーズ感が回復した印象です」とそれなりの効果を得られたとのこと。使用済みの部品を目視点検したところ、大きく剥離こそしていないものの、細かな亀裂が入っていたという。
モノの本によると、人間が騒音と振動を感じる周波数は、20~100Hzなので、これがエンジンマウントの交換で減衰したと読み解ける。ただ、「左右のエンジンマウントが液封タイプのため単価が1万3000円(T/Mマウントは6000円)と高価で、工賃を入れると4万6000円と馬鹿にできない費用になった」とY君はもろ手を上げて喜んではいない。早い話、費用対効果、つまり“コスパ”が大きな課題というのだ。
それを聞いて昔の体験がよみがえった。KP47スターレット(エンジンはOHV1200㏄)のエンジンマウントを走行8万キロあたりで交換した。騒音計で測定したところ、たしか4デシベルほど車内騒音が低下して、びっくりしたことがある。当時、部品代も気にするレベルではなかった。
この経験があり、90年代にエンジンマウントの開発担当者数名に寿命を聞いたことがある。「たしかに80年代あたりまでは亀裂が入って迷惑をおかけしたこともありましたがいまは一生ものと思ってください」と太鼓判を押された。
そこで今回、あらためて知恵袋のトヨタディーラーの1級整備士Kさんに聞いてみた。
「エンジンマウントの交換作業依頼は、数は少ないです。整備士歴30年のあいだに10件ぐらいかな。むかしのFR車は交換作業が楽でしたが、いまどきのクルマとくにFF車(イラスト)とか、縦置きエンジン車でもV6だと横の出っ張りがあるので、車体を持ち上げた状態でエンジン本体だけを浮かすことが難儀なクルマが少なくない。なかにはフロントサスの一部を取り外すとかしないと、作業スペースがとれないケースもあります。だからクルマにもよりますが、作業時間が4~5時間に及ぶことも…‥」となると、部品代込みで10万円近くになる計算。
ところが、このエンジンマウントは定期交換部品には入っていない。トヨタの整備士向け技術テキスト(イラスト:少し古いが1995年版)には、「エンジンマウントは、振動騒音の伝達系の重要部位なので、アライメントは正しく保つ必要がある」そこで「エンジンマウントのスグリの隙間をチェックする」あるいは「同系他車との比較をする」とあるだけ。
「自分たちのエンジンが市場でどうなっているのかをときには自動車解体屋さんで中古エンジンを購入して研究することもあるんです」とざっくばらんに楽屋裏を吐露してくれたダイハツのエンジン開発部長がいた。その彼から「クルマの耐久性を突き詰めていくと、ゴムにいきつくんです。一定以上の耐久性を持たせようとすると、量産車の領域を超え、宇宙開発技術の世界に踏み込む……」という意味の部品についての踏み込んだエピソードが耳に残る。
いずれにしろ10万キロとか15万キロを後にしたゴム製品は、劣化が進んでいるとみて間違いない。・・・・でも、これってエンジンレスのEV時代になると、まったく意味をなさなくなる!?
クルマを日本の道路で合法的に走らせるオキテ(法律)は、いうまでもなく「道路運送車両法」である。
ヘッドライトの明るさはどうのだとか、ブレーキはどうのこうのとか、車体に尖った部分がないとか(尖っていてもある一定の柔らかさであればいいとか)、そんなモロモロの取り決めである「保安基準」もそのなかにある。2年に一度の車検というのは、この取り決めを犯していないかをチェックすること。(詳細は拙著「新クルマの改造〇と×」〈山海堂〉を参照)
「う~ん・・・・そんな退屈で面白くないこと、なぜいま持ち出すの?」と言われるかもしれない。
ひとことで言えばルース・ギンズバーグ(1933~2020年)を描いた映画「ビリーブ」がキッカケ。性差別の撤廃で活躍し、27年にわたりアメリカの連邦最高裁判事をつとめた、この女性はハーバード・ロースクルール(HLS)の出身。1817年創立だから200年以上の歴史を持つ法科大学院がアメリカという国家の大きな重石となっているに違いない。このことに直感した。
そこから芋づる式で、HLSそのものを詳細に解説した田中英夫氏の著書「ハーヴァード・ロー・スクール」、HLSを舞台にした青春映画「ペーパーチェイス」、HIS教授アラン・ダーショウィッツの自己啓発書「ロイヤーメンタリング」、HLS出身のサスペンス小説家が描く法廷小説、さらには日本が近代化を推し進めるうえで明治期に急速に法整備をした背景を克明に描いた「法学の誕生」。この労作を通して渋沢栄一の長女・歌子の夫穂積陳重(ほずみ・しげのぶ)が貢献していることが分かった。例の小室圭騒動でアメリカのロースクールへの関心がいや増す事態になった。
ジュリストの世界から見るとまるで宇宙人だったのが、“にわか法律オタク”(むろんナンチャッテという枕詞が付くが)になった気分。そこで、ふと我に返り、日本の道路運送車両法は、欧米の法律を参考にしたんだろうか? だとしたら、ドイツか? アメリカの法律か? 戦後6年目にできたのだから当時アメリカの支配下にあった日本(昭和27年、サンフランシスコ平和条約が発効し、占領政策が終了した)は、アメリカの影響が大きかった。
事実は小説よりも奇なり! 道路運送車両法のルーツそのものは、明治36年(1903年)の「自動車取締令」だった。
なにがキッカケでできたというと、同年の第5回目の内国勧業博覧会。これは上野で3回、京都、大阪で各1回開かれ、なかでも大阪での延べ153日間になんと530万人という人出。当時日本の総人口4500万人だから、10人にひとりが博覧会に出かけたという計算だ。
このとき“乗合自動車”を最寄りの駅(梅田)から会場(天王寺)まで走らせている。おそらく蒸気自動車だったらしい。このとき、主催者側から「カクカクしかじかのクルマを走らせます」という申請を主催者側の政府に申請した。この申請を受け、急遽作られたのが、「自動車取締令」というわけだ。愛知県令、長野県令、京都府令など1905年にかけて合計20の府県において、名称はいろいろだが「自動車取締令」が出された。
その内容は、タイヤ、ブレーキ、警笛、屋根、泥除け、前照灯、後尾灯が付いているかどうかの確認、といういたってシンプルなもの。原動機(エンジン)は、営業開始日までに県庁の指定する日時場所で検査を受けること、それ以降は毎年1月と7月に検査を受ける…‥とある。どんな検査なのかが気になるが、たぶんエンジンがかかり、異音がなければOKだったのではなかろうか? そのころは馬車が10万台、牛車3万台弱、荷車135万台、人力車18万5000台で、エンジン付きのクルマはごく数えるほどののどかな時代。
でも昭和8年、1933年になると、クルマの保有台数が7000台となり、内務省令の「自動車取締令」が少し充実してくる。ブレーキにおいては時速50㎞で、22m以内で止まれること。前照灯については、50m前方の障害物を認識できる光度を要する、といった具合。自動車にまつわる法律は、アメリカの商務省からの圧力で規制緩和するなどの事例はあるものの、どうやら日本オリジナルが基本だった、といえそうだ。
(写真は、関東大震災後に走り始めたフォードTTベースの11人乗り「円太郎バス」。庶民が自動車の存在を強く意識し始めた先駆けとなった)
「なぜソニーがいまさらクルマ業界に割って入ろうとするか、理由がわからん!」「家電で行き詰った日の丸電気業界のあがきか?」などなど、外野席の不躾な声が聞こえる。ほかでもない、ソニーのEVコンセプトカーをめぐる話題だ。
でも、一方では・・・・自動車が大きな曲がり角に立っているタイミングで、ココロザシのある企業家が、次世代モビリティに触手を動かそうというのは十分理解できる・・・・。
そんな折、ラスベガスで開かれたエレクトロニクス展示会「CES2022」(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)に、ソニーのEVコンセプトカーVISION-Sが登場した。昨年はセダンだったが、今年はSUVも登場(写真)。2020年1月が初お披露目だったので、これで3度の露出ということになる。すでに発表されているように、試作車が世界の主要地域で走行実験をされているとの情報もあり、徐々に完成度を高めているようだ。そして、注目なのが、今年2022年春に「ソニーモビリティ株式会社」を設立することだ。量産を視野に入れて本格検討に入ったことを意味する。
シャシーやボディは、オーストリアの自動車生産委託会社マグナ・シュタイヤ―(ベンツのEクラスやBMWのX3、トヨタのGRスープラなどの開発・製造を担っているスタッフ約1万人の企業)と2018年ごろから取り組みを始めてはいるものの、わずか3年で、試作し、実走実験に入った。一昔前までは考えられないスピード。背景にはITによる技術革新と、グローバルなサプライヤーのネットワークがあるようだ。
じっさいVISION-Sにはボッシュ、ヴァレオ、コンチネンタル、ZFといったメガサプライヤーのほかに、ボーダフォン、ブレンボ、レカロなどの多くの企業が参画している。
すでに仮ナンバーをとって走行している試作車には、計40個のライダーやレーダーなどのセンサーが付いていて、車両周囲360度センシングやドライバーモニタリングを実現。レベル4の自動運転を見据えて開発中だという。
ソニーが目指す次世代クルマの魅力は、安全性の高さだけではなく、適応性(アダプタビリティ)とソフトウエアの充実度にあるという。具体的には、車内にこれまでのクルマにはない、エンタテイメントを持ち込むことだ。プレイステーションなどで築いてきた高い技術を注入する。
かつてソニーが、ウォークマンで音楽を外に持ち出して若者のライフスタイルを変えたように、モビリティであるクルマに新たなバリューを盛り込み、人々の生活を変革するというのだ。携帯電話が、スマートフォンに変わることで無限の情報やエンタメが外にいながらゲットできる。通話機能は、いわば付録となった。
それと同じように、ソニーの狙いは、テツガク的に言えば、“クルマを再定義する”ということ。クルマは、これまで期待されていた快適にA地点からB地点に移動するだけではない、新たな価値を付加する、という意味だ。この大変化を担うのは、旧来の勢力ではなく、いつの時代も新勢力だということは、奇しくも歴史が証明している!?
トヨタの豊田章男社長は、昨年12月14日いきなり記者会見を開き、今年5月の計画を白紙に戻し9年後の2030年にはEV生産を全体の35%にあたる350万台とすると宣言した。EVの開発や生産設備に4兆円、“電動車”全体で8兆円の巨費を投じるとした。
会場は閉館間際になったお台場のメガウェブ。未発表のSUVのEVやスポーツカーのEVなどなど10数台を背にしての記者会見は、いやがうえにも世界一の自動車メーカーの一大決意を示すものだった。
この迫力ある記者会見のおかげで、数週前「全固体電池の5年後導入に向けて2兆円の投資をする!」という日産の宣言はすっかり霞んでしまった。まさに企業規模の違いを印象付けた。
それにしてもだ。今回トヨタが、半年にも満たないで、軌道修正した理由は何か? 環境保護団体グリーンピースによる気候変動対策の最下位評価やニューヨークタイムズ紙の「クリーンカーを遅らせているメーカー・トヨタ」という悪評をかわす狙いが背景にある。加えてEV専門メーカーのテスラの株式の時価総額がトヨタの3倍以上となったこともある。
ホンダが2040年までに新車販売をEVかFCVにする、ドイツのVWが2030年にEV販売比率を50%にする、フォードも2030年までにEVを4~5割にするなど華々しくEVシフトを宣言している。トヨタの首脳陣にとって、こうした動きは外堀を埋められつつある気分だった! というのは言い過ぎだろうか。
それにしてもだ。全体の生産比率から言えば35%はそう多くはない。「テスラモーターは年間のEV生産が50万台に過ぎない。うちは350万台を目標としている。ここを評価してもらいたい」「たとえばノルウエイは水力発電が背景にあり、EV比率が7割と高いが、バイオエタノールを燃料としたエンジンが主役となっているブラジルでは、ガソリンより安いバイオ燃料が背景にあり、そこにEVを売ろうとしても無理がある。トヨタはグローバルにクルマを販売している」世界を相手にしている自動車メーカーであることを章男社長は、強い言葉でにじませた。「急速な脱炭素、つまりエンジン不要となれば100万人の雇用が失われる」という章男社長に次の手はあるのか? そして、安易なEVシフトで、走行時のCO2発生は抑えても、肝心の電気をつくるのに化石燃料を用いてCO2を大量に発生させる! という愚行に陥る心配はないのか? だからと言って原発の活用には踏み切れないし。
アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスが7億ドルを出資した! その2か月後にフォード・モーターが5億ドルを出資した! まだクルマ自体が市場に出回っていないにもかかわらず、またたく間に110億ドル(日本円で約1兆2500億円)のお金が集まり、全米の自動車業界の注目を集めている企業がある。
2009年に創業のRIVIAN(リビアン)という名のスタートアップ企業がそれ。創業者は、1983年生まれだから今年38歳になるロバートRJスカレンジ。マサチューセッツ工科大学(MIT)卒業の若き野心家だ。
彼の戦略は、面白い。先行のEVメーカーのテスラがスポーツカーにターゲットを絞ったのに対して、リビアンは、ピックアップトラックとSUVの2本立て。もちろんEVだ。たとえばピックアップトラック「R1T」(写真)は、前後輪に2つのモーターを持つ4WDで、105kWh、135kWh,180kWhの3本建て。航続距離は3つのバッテリーサイズから選択でき、230マイル、314マイル、400マイル。予備バッテリーを載せて、航続距離を稼ぐことも可能だという。パフォーマンスはゼロ→時速60マイルをわずか3秒だというからスーパーカー並みだ。つい今年の9月に生産を始めたばかり。
この2台のほかに、アマゾンの商品デリバリー専用のEVバンの生産も始まっているという。こちらは、来年の2022年までに1万台、2030年までには10万台の生産を予定している。このほか、リビアンでは、EV用のインフラの充電設備をホテル、小売店、レストランなどの飲食店、それに公園など計1万ヵ所に随時設置していくという。
リビアンの本社は、ロサンゼルスからほど近いカリフォルニア州のアーバイン。アーバインは、マツダのデザイン事務所があるところで、治安のいいロケーションだ。R&Dの設備が置かれているようだ。工場は、イリノイ州のノーマルという場所で、これはかつて三菱自動車の工場があったところ。
現時点での時価総額は、GMやフォードを抜きテスラモーターズに次ぐ価値だという。
MaaS(マース:モビリティ・アズ・ア・サービス)という言葉が息づいている時代、モビリティ時代が大きく変化するだけに、新興自動車メーカーの勃興は序曲が始まったばかりかもしれない。中国ではすでに2桁のEVメーカーがしのぎを削るなか、日本だけは、その動きはぎこちない。元気のいいベンチャーやスタートアップ企業が立ち上がる気配は見えない。
カルフォルニアのシリコンバレーを拠点にしたIT企業が都内で記者会見を行う、というので恐るおそる駆け付けた。なにしろテーマが、半導体LSI(大規模集積回路)を使った電子部品のテストをおこなう企業の戦略説明会だ。
自嘲気味に聞こえるかもしれないが・・・・筆者は、真空管ラジオ時代で育ち、オームの法則(I=E/Rという空念仏!?)とサーキットテスターの世界の知識しか持ち合わせていない。いわば枯れた知識で、最新のハイテクが理解できるか?
STAY FOOLISHを説いたスティーブジョブズを頭に描きながら、しつこく食い下がってインタビューした。するとどうだろう、おぼろげながらも全体像が見えてきた。できるだけわかりやすくリポートしよう。
つながる世界のコネクティビティや自動運転などクルマが大きな技術的な“曲がり角”に来ている! というのは耳タコの話だよね。これって要するに電気仕掛け装置がクルマにどんどん投入されつつあるということだ。「クルマはすでに半分は電化製品だ!」と主張する人もいるほど。
このクルマの電気や電子の世界を支えてきたのは、ボッシュやデンソー、コンチネンタルといったメガサプライヤー(巨大部品メーカー)。高度な電子化により電子部品間の通信速度がよりスピードアップし、複雑化していくため、より専門の力を借りる必要が出てきたのだ。高度なテスターも必要となるし、高い専門知識を備えたマンパワーを要求される。
そもそも、イマドキのクルマは、数10個もある各ECU(コンピューター)間のデータのやり取りをCAN通信でおこなっている。CANとはコントローラー・エリア・ネットワークの略なのだが、実はこれボッシュが1985年に開発し、5年後の1990年から量産車に採用され、4年後の1994年に国際基準となり、あっという間に広まった。つまりクルマの電気関係の技術は燎原の火のように瞬く間に進化し、それが常識になる世界。このへんはゲームの世界と似ている。(ちなみに、こうしたECU間の通信の規格のことをイーサーネットというそうで、CANはシリアル通信プロトコル。シリアルは直列で、プロトコルは規格。CANを引き継ぐ立場の次世代通信プロトコルにFrexRayはCANの10倍の伝送速度だそうだ)
とにかく、これじゃとてもじゃないが自動車メーカーの電子部門エンジニアとサプライヤーのエンジニアだけでは、追いつかないという。そこで、半導体とその周辺知識に特化した組織が必要とされる。それが今回取材したシリコンバレーの企業GRL(グラナイト・リバー・ラボ)。2010年創業で、台湾、上海、横浜、シンガポール、ドイツなどにグローバルにラボを持ち、スマホやPC,医療、生産工場、データセンターなど各分野で実績を積んできた。自動車分野にも本格進出しつつあるという。スタッフエンジニアは、NECで長年ICを研究してきたベテランやドイツのTUVで評価に携わってきた人たちだ。
電子部品のテスティングやトラブルシューティングばかりでなく、設計、評価といったクルマの電子部品システムを構築するうえで必要な各セクションを横断的にアシストする企業が業界内で高く手を挙げたというわけだ。いわば、新たなクルマづくりの新しい担い手なのだ。まさに、エンジンの時代やシャシーの時代の次は、高度な電子パーツシステム構築の時代なのである。
目の前で見せてくれたのが、スマートフォンのワイヤレスタイプの予備バッテリーのテスト。コンプライアンス(認証)を受けている製品と海賊版の予備バッテリーの性能比較を瞬時におこなってみせた。なんと200項目のテストを短時間でおこなうオリジナルのテスター機まで造り上げ、商品化しているのである。
「当初の予備バッテリーのなかには、満足にいかない製品もあったが、いまは探すのが大変。つまり、市場に出ているのはほぼ大丈夫と考えていいと思います」とのこと。それと「意外と知られていませんが、導通テスターでOKの製品も、たとえば半田のノリが悪いとか接点が酸化被膜気味で、微妙に電気特性に変化が出て不具合を引き起こすということもある」これもハイスピード化が遠因のトラブルで、こうした不具合を見つけ出すテスター機は数千万円、なかには1億円を超えるものもあるという。
(写真は、GRLジャパンのホルガ―・クンツ社長(右)と高橋幹副社長。手にするのはボタンひとつでコンプライアンス試験ができるワイアレス充電機器テスター)
あれほどエンジン技術にこだわってきたホンダが、100%電動化に大きく舵を切り替える! 天変地異を引き起こす気候変動への危機感がさし迫っているからだ。
とはいえ、この一大決心は、ハイウエイをご機嫌で走行していたクルマが、いきなり前人未到の獣道に乗り入れる感じだ。
決断に、息をのみ、あぜんとしたものだ。でも、冷静に考えれば、この衝撃的決断はいかにもホンダという企業らしい。
そもそも100年前クルマが生まれた時のことを思い起こせば、アメリカでは蒸気自動車、電気自動車、ガソリン自動車の三つ巴で、わずかとはいえ電気自動車が優位に立っていたのだ。それが、たまさかテキサスで大油田が発見されたことで、化石燃料エンジン車が、主流になっただけの話。
成功体験にしがみつかず、常に挑戦者でありたいというホンダの企業人は、そう考えると日ハムの監督に就任したBIG BOSS新庄以上にワクワクさせられる。
そんな時、ホンダの電動化の道筋がチラッと見えるニュースが舞い込んだ。
新しい電池の開発をめぐるニュースだ。汎用性と持ち運びができる「バッテリーパック」の戦略だ。EVの宿痾である充電時間の長さと短い航続距離への解決手段だ。一抱えほどの長方形(重量約10kg)をしたバッテリーは、4年ほど前に、もともとバイクやコミューター向けに開発されたという。この電池のパフォーマンスを試すべく、フィリピンやインドネシアで、実証実験、さらに今年2月から4か月間にわたりインドで電動3輪車タクシー「リキシャ」30台を搭載し、のべ20万キロ以上を営業走行し、課題を洗い出し、来年2022年の前半から本格営業を始めるという。
コトバを変えれば、これって“EVに欠かせないリチウムイオン電池の在り方(スタイル)の新しいアプローチ”。
間違ってはいけないのは、ホンダは、このバッテリーパックを集中管理する「バッテリーパック・ステーション」の事業をスタートさせるということだ。車両自体の運行はインド地元の企業がおこなう。
ちなみに、このリチウムイオンのバッテリーパック、定格容量が26.1Ah、定格電圧50.26V、充電時間約5時間というスペックで、インド国内で生産し、価格は税込み8万8000円だという。いまのところ、法人向けのリースだ。今後、知見をふまえ、国内と海外で、電池事業やEV生産事業が展開される。まさに手のうちの一つを見せ始めたところだ。
日々新聞を眺めていて、ハッとさせられる記事にときどきぶつかる。
10月19日付の「朝日新聞」朝刊のオピニオンのページ。パブリックエディターから「新聞と読者のあいだ」というコラム。社会派のミステリー作家高村薫さん(68歳)の著す「EV時代 数字の先の醍醐味」というタイトルの1000字ほどのコラムだ。
高村さんの経歴を調べると、大阪住吉区に生まれ同志社高校を卒業後、国際基督教大学教養学科卒(つまりリベラルアーツ科)ということは、話題の眞子さまの先輩にあたる。
経歴を見た限りにおいては、なにかと注目のリ系女子でもなさそうだ。なのに、物理や化学の世界にやたら詳しい。親戚に東大阪あたりの工場のおっちゃんがいて、好奇心旺盛な少女時代の夏休みにでも機械がわんわんうなっている世界に馴染んできたのだろうか? とにかくモノづくりの領域にも詳しく、小説のなかでも残忍な殺人事件の凶器に工業高校機械科レベルでないと口にできない専門単語が登場するのだ。成長過程で旋盤やフライス盤が身近で活躍していたに違いない。
このコラムでも、2030年代半ばには新車市場からガソリンエンジン車が排除されるという、いわゆるEVシフトについてのアウトラインを手短に説明。いまだ1%にも満たないEVシェアがわずか10数年で、本当にガソリンエンジン車が買えなくなる現実が到来するのか? という素朴な疑問から始まる。日本は優位に立っていたはずのテレビやPCで海外勢力に負け、半導体でも敗れたパナソニックや東芝。トヨタもホンダも、敗北の道をたどるのか?
高村さんは、トヨタ、ホンダ、日産など日本の乗用車主要メーカーの微妙なEVシフトへの取り組みの旗幟(きし)を鮮明にしたうえで、トヨタの名古屋本社を緻密に取材している経済担当記者の言説に注目し、鋭く近未来を俯瞰しようとしている・・・・。
この記者、海東(かいとう)さんというそうだが、その海東さんが言うには「日本人はクルマへの独特の好みがあるため、コロッとEVに乗り換えるということはない」という。明治維新で侍のヘアスタイルがちょんまげからザンギリ頭に1日で変わった、そんな劇的なことはないだろう、という。
結局のところ、「問題は世界での生き残り方だ」という。「仮に世界市場がEV一色になっても、日本が培ってきた内燃機関の技術は水素エンジンというカタチで復活するかもしれない。それに、トヨタがEV用の電池の開発に1.5兆円の巨額の開発費を投じたことに注目すべきだ」。「このことは(本流ではないが)EVの普及に欠かせない、将来性のある投資そのもの」という。
こうした動きは、日本企業が形を変えて生き残りを模索している一例だというのだ。生産も消費も縮んでいく日本で、製造業の正しいサバイバルは、カタチを変えながらすでに始まっているというのだ。
すでに旧聞になるが、パラリンピック選手村での自動運転車両の事故を覚えているだろうか?
8月26日のお昼頃、いわゆるオリパラの選手村で選手たち関係者の送迎を低速走行していたトヨタ製の自動運転の小型EVバス「eパレット」(写真:2019年の東京モーターショーに登場。お披露目した際に多数のメディアが集まった)が右折した直後、歩道を渡ろうとしていた視覚障害のある選手と接触した。選手は転倒して2週間のけがを負った。選手のケガ以上に、ショックだったのは、自動運転車両の開発者だったようだ。 はからずも自動運転の難しさを浮き彫りにしたからだ。
事故の詳細を振り返ると、こうだ。
バスは、右折直後、交差点内に人がいることを感知し停止した。バスに乗っていたトヨタ社員のオペレーターが、交差点の周辺を目で確認した。「横断歩道近くにいた誘導役の警備員が横断歩道を渡りかけた選手を静止しているように見えた」ので、オペレーターはクルマを発進させた。その直後、横断してきた選手を車両のセンサーが感知して、自動ブレーキが作動した。オペレーターもあわてて手動の緊急ブレーキをかけたが、バスは止まり切れず時速1キロほどの速度で選手とぶつかり、選手を転倒させてしまった、というのだ。
このクルマは自動運転のレベルでいうとレベル2だ。歩行者、誘導員、オペレーターの3者が、安全を確保する構造だ。つまり、停止すべきだと判断した機械(システム)に対して、オペレーターは横断する選手の行動を読み違えて、クルマを止めなかった。ここに落とし穴があったわけだ。
高速道路など「特定の条件下」での自動運転を許容するレベル3の車両は、すでに市販されている(あまり台数は多くないが)。レベル3では運転手がいて、すぐに自動運転をキャンセルし、手動に切り替えられる世界。ところが、運転手がいない状態で走行するレベル4(実用化は2025年とされる)やレベル5では、果たして人のかかわりをどうするのか? このへんの基本的なことが、今回の事故で浮き彫りになったといわれる。基本的なことだけではなく、交通事故の形態(天候、路面状況、車両環境など)が多岐にわたり、ひとつずつつぶしていく作業は膨大となる。
それでも、年間3000人近くの死者数と36万人以上の負傷者が発生している日本の道路で、自動運転車の普及は間違いなく交通事故ゼロへの道筋となる。
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