カラー刷りの美術全集などと同じ大型サイズの絵本だ。
絵本だからといって高をくくってはいけない。目次や奥付を含めても70ページにも満たないが、300万点ともいえる複雑な機械、その機械が人間にもたらす喜びや楽しさを瞬間的に理解させるだけのチカラを秘めた印刷物だ。
本の良し悪しをはかるのは、「内容」と「表現」、この2つである。とすれば、この本は、見事にこの二つを十二分に果たしている。
目次を見ると・・・・・・「馬のチカラが自力へ」から始まり、「パイオニア時代の自動車」「華麗なる車体」「自動車旅行」「大量生産」「美しいボディスタイル」「街を走る小型車」「アメリカのドリームカー」「レーシングカー」・・・・と19世紀にはじまった馬車なしクルマの登場から、T型フォードで大量生産、それによる人々の暮らしにいかに自動車が広がりを見せ、クルマ自体が生活を彩ったか・・・・そんな歴史と社会的な背景を美しい写真で展開。
“機能美”という言葉があるが、まさにクルマの内部、たとえばエンジンやシャシーの構成部品をこんなにも美しく見せてくれるおかげで、自動車そのものが機能美にあふれていることに気付かせてくれる。
添えられている文章もよく洗練されたやさしい間違いのない日本語で語りかける。
「警報器」のページを眺めると、プオッ~ッとかブ~ッといったどこか気の抜けたホーンの音が時代の空気と一緒に耳に入ってくる気がする。「エンジンの内部」の見開きページを見つめるうちに、まるで自分が一寸法師になってエンジンのなかに紛れ込み、その動きを眺めている気分になる感じ。べたつくオイルが纏わりつきそうな「駆動系」のページでは、ギアのギザギザを指で触り、使用済みギアオイルの嫌な臭いを確かめる気になる。
なぜ、クルマは動くのか? なぜクルマは曲がれるのか? なぜクルマは止まれるのか? そんな疑問からスタートして、この本を手に取ると、そうした煩瑣な雑音が流れるように消えてクルマという存在がファンタジーとなる。ふと、機械嫌いな友人にこの本を見せたらどんな反応をするのか? そんなイタズラ心が湧いてくる本でもある。著者のリチャード・サットンという人物、調べてみるとカナダのコンピューターの科学者で、MIT(マサチューセッツ工科大学)とスタンフォード大学を卒業したDEEP MINDの研究家だともいう。子供から大人まで夢中にさせる、こんな素敵な本に通底する頭脳の内容を知りたい。(1991年11月刊)